「そろそろ行こうかな」

「気をつけていくのよ。彼のところに」

「うん・・・ってなんで知ってるの!」

「そんなに可愛らしくなってる希空を見るのは、あの花火大会以来だからそうなのかな〜って」

 鋭い。母親というものはどこまで鋭いのだろうか。

 もはや、何もかもが見透かされているのではないかと不安さえ覚えてしまう。

「やっぱりママには敵わないな」

「当然でしょ。何年希空の母親やってると思ってるのよ」

「そうだね。いつもありがとね、ママ」

「やめてよ。そういう湿っぽいのは得意じゃないの」

「だよね。私も同じ!」

「ほら、さっと彼氏のところに行ってきなさい。彼が元気になったら、今度こそ私たちに会わせてね」

「うん。わかった」

 私は、まだ太陽が私と似た病気で余命が短いということを話せていない。

 きっと両親は、治る見込みのある病気程度にしか思っていないはず。そもそも病気であることすら知らないのでは?

 話そうと思っても毎回、言いかける直前で言葉が詰まってしまう。

 話したくないわけではない。ただ怖いんだ。どんな顔をされるのか見るのが怖い。

 絶対に2人は受け止めてくれるに違いないが、話す勇気だけが湧いてこない。

「いつか話せる日が来たらいいな・・・」

 ボソッと呟く私の声は、ママが沸かすやかんの音でかき消された。

「それじゃ、いってきます!」

「彼によろしくね」

「うん。そんなに遅くはならないと思うから」

「わかったわ」

 日傘を玄関で準備する。毎回同じ日傘ばかりだと飽きるからという理由で、うちには数多くの日傘が傘立てに置かれている。

 今日は、白とグレーの完全遮光でUVカット100%の日傘をチョイスする。

 傘立ての中にはレース状の日傘や桜の模様が描かれた日傘もあるが、今日の気分は白とグレーな気がした。

 玄関に手をかけ、ドアを開ける。

 太陽が頭上で輝いているのが、アスファルトの日陰の広がり具合を見て確認できる。

 道路のほとんどに影は差しておらず、光が満遍なく行き届いている。

 目の前の家の塀の上では、猫が体を丸めて気持ちよさそう。

 これが、俗に言う日向ぼっこというやつなのだろうな。ずっと昔にどこかで、いい香りに包まれながら日向ぼっこをしていた記憶が蘇る。

 どこだったかはわからないが、とても気持ちが良かった。懐かしい。日の下を他の人と同様に歩いていた頃の自分が。

 昨日の夜は雨でも降ったのだろうか。アスファルトの上に小さく溜まっている水溜まり。

 水溜まりの中には、反転した私たちの世界があるかのように美しい。  

 うっすらと水溜りの中に、反射した家の屋根部分が見える気がする。

 近くで見すぎると、反射した光でやられてしまうので注意が必要だが、ある程度離れていれば問題はない。

 キラキラと輝く水溜まりの表面は、日の下を歩いていた頃の私に似たような煌めきに見えた。