結局、私はただの過呼吸ということでママが病室に来た時にそのまま退院することができた。

 本音を言って仕舞えば、退院したくはなかったが、せざる終えない状況だったので仕方がない。

 彼の隣で話を聞いてあげたかった。拒絶されても、嫌われても彼の側にいたかった。

 だって、彼はなんの理由もなしにあんな態度をとるはずがないのだから。

 何かきっと私にすら話したくない理由があるに決まっているんだ。

 絶対そうだ。そうでないと、私の心は今にも朽ちてしまいそう。

 萎れて2度と鮮やかに咲くことができない生花のように。

 ママの車の後部座席に乗って、自宅までの道を一直線に走っていく。

 移り変わるように流れていく景色。携帯で時刻を確認すると、20時22分と表示される。

 彼とコスモス畑にいた記憶は夕方で途切れてしまっている。

 最低でも2時間ほどは眠っていたことになるのだが、実感が湧かない。

 すっかり夜を迎えてしまった景色は、どこか私の心を反射しているような寂しい眺めだった。

 家に到着した頃には、21時を回ってしまっていた。

 生憎明日は日曜日。普段の私なら、夜中に映画でも見て夜更かしをする気満々だが、今はそうもいかない。

 朝早く起きて誰よりも先に、病院へと向かいたかった。

 今にも倒れそうな体を2本の足で支えながら、ゆっくりと階段を1段、1段登っていく。

 家の階段はそこまで段数があるわけではない。それなのに、一向に2階に辿り着かないのはどうしてなのか。

 確実に足は階段を登っている...ふと足元を見る。

 階段は登っている。しかし、先ほどからずっと同じところを歩いているだけで、登った気になっているだけだった。

 どうやら私は、体だけではなく精神的にもかなり参ってしまっているのかもしれない。

 普段の私ならありえないのだから。それほど、私にとって彼と過ごす日々は、気づけば私の一部分となっていた。

「あー。今日はもうだめだ。シャワーくらい浴びたいけど、もう寝よう」

 なんとか数分間かけて、長時間歩いて疲れ切ったかのような足を2階の床へとつけることに成功した私。

 そのまま流れる小川のように、誘導されるがままベッドの上へと潜り込んでゆく。

 重い体が柔らかな軋むベッドへと、水に落ちていくように沈む。

 もう今日はここから抜け出せそうにない。水に落ちた感覚を体に纏って、私の瞼はシャッターを閉じた。

 私の目に映る景色は完全に真っ暗な闇の中へと葬られていった。

(どうか、明日は太陽と顔を合わせることができますように)

 両手を固くお仰向けに寝ている胸の前で、お祈りするように握りしめ、私は深い眠りについた。

 あとは、薄れゆく意識の中を溺れるみたいに落ちていくだけだった。

 まさか、彼とは思いもしない形で顔を合わせることになるとも知らずに。