本格的に症状が現れ始めたのは、放課後の部活中だった。

「あと800メートルだよ。ファイト、希空!」

 全身が酸素を欲している。息が切れかかっているためか、一度に吸い込む酸素の量が増えてしまう。

 肺が膨張し、鼻呼吸だけでは限界を迎え、口からも大量の酸素を肺へと送る。

 靴底で蹴る地面の感覚が薄れてきている。体力が限界に達しているのか、走っている感覚すらない。

 いつもよりも走っている距離は短いはずなのに。日頃の疲れでも溜まっているのだろうか。

 私と未來は中学の頃から陸上部に所属し、高校もそのまま陸上部へと入部することになった。

 理由はそんな輝かしいものではない。単純に2人揃って走ることが好きだっただけ。

 私は、長距離走がメインで未來は短距離走がメイン。専門分野は違うけれど、休日の早朝とかよく2人でジョギングをしたりもした。

「希空頑張れ! ベスト更新できそうだよ!!」

「はぁ・・・はぁ、はぁ」

 脳に酸素が届いていないのか、フラッと視界が霞んだり歪む。先ほど私に声をかけてくれたであろう、未來の言葉も私には届かなかった。

 耳までおかしくなってしまったみたいだ。

「の・・・あと4・・・メートルだよ!!!」

 グラウンドに砂埃が舞って、私の視界が茶色く彩られてしまう。

 苦しい...辛い。もうやめてしまいたい。でも、ゴールした時の達成感は何よりも嬉しいんだ。

 あのかけがえのない一瞬の出来事だからこそ、記憶に鮮明に書き残される。もちろん、綺麗な良い思い出として。

 でも、私に残ったこの時の思い出は、実に苦く辛いものだった。カカオ100%のチョコレートのように。

「希空! もうすぐでゴールだよ! ベスト更新だ!!」

 はしゃいでいる未來の声が、何もない広いだけのグラウンドに響く。

 ゴール付近でタオルとドリンクを片手に私のゴールを待っている未來。

 「はぁ、はぁ・・・はぁ」

 少しでもタイムを縮めようと、残りの力を振り絞り足に力を入れる。

 泥沼に沈んでいくかのように足が重く、上に持ち上がらない。上げようとしても、すぐさま沈んでいく。

 視界もスタートした時に比べて、半分くらいの視野に狭まってしまった。

 徐々に光が失われ、真っ黒い闇が私の視界を端っこから侵食していく。

 怖かった...今までにはなかった感覚が私の体を蝕んでいく。

 気が付いた時にはもう手遅れだった。私の視界は空とは反対の砂で、埋め尽くされる地面に吸い込まれていた。

 近づいていく地面と私との距離。薄れゆく意識の中でも、私はただひたすらにゴールを目指そうとしていた。

 "バタッ"

 私の意識はここで途絶えた。最後に聞こえたのは、私の元に駆け寄ってくる数々の足音だけだった。