風に揺られコスモスの花粉が舞っているのか、私の体はコスモスの香りに包まれているかのような気分。

 ピンクのコスモスから今は、白のコスモス畑にさしかかった。

「希空はさ、色だったら何色のコスモスがいい?」

 秋桜という名前もいいが、やはり私たちには馴染に馴染んだコスモスという名称の方がしっくりくる。

 気持ちが感傷的になっている時は、『秋桜』を使うのもいいかもしれない。

 なんとなくだが、エモい感じがするから。

「私は絶対ピンクかな!」

「定番の色だね」

「定番だけど、やっぱり見た目が可愛いし、控えめな感じでちょこんと咲いているのが好きかな。太陽は?」

「確かに希空ぽいかも。僕は、黄色か黒色かな」

「あ〜! それって、さっき話してた初恋の子に黄色のコスモスをもらったからでしょ!浮気だ浮気」

「ごめん・・・」

「認めたな〜! 絶対に許さんぞ〜!」

 太陽のこめかみを握り拳を作ってぐりぐりとねじくり回す。

 かなり痛かったのか、普段冷静で落ち着いている彼が、忙しなく逃げまどっていた。

「はぁ。痛すぎる・・・黄色も好きだけど、黒も好きだよ」

「今更、弁解しようとしても無駄よ!」

「はい、ごめんなさい」

「今回は特別に許してやろう」

 気付くと、辺りはすっかり太陽の光を失って、夜を迎え始めていた。

 ここに到着した頃は、まだ太陽は輝き放っていたのに。

 季節が変わると日が沈む時間が格段に早くなる。私にとっては好都合だが、彼にとっては...

 辺り一面、先ゆく道にもびっしりと埋め尽くされたコスモスが、徐々に闇に飲まれていく。

 暗くなり始めたのを察知したのか、所々に取り付けられている街灯に光が灯る。

 人工的な光に照らされるコスモスも、また違った味を出しているのが良い。

 太陽の光を吸収するように生き生きとしているのではなく、ただ純粋に光そのものに照らされている感じが綺麗に見えてしまう。

 キラキラではなく、テカテカ光っていると言った方が近いかもしれない。

「さ、もうすぐ終点だ。丘の頂上が見えてきたな」

「そうだね。あそこには何色のコスモスが咲いているんだろう」

「丘の上は、黒だよ」

「なんで分かるの?」

「僕が迷子になったのはあの場所だから。それに、意図してかわからないけど、多分僕がここの管理者でも黒色のコスモスを最終地点に咲かせると思う」

「どうして?」

「黒のコスモスはね・・・」

 "バタッ"

 スローモーションに見えた。空を飛んでいる虫や、散ってしまった花びらが地面に落ちるのは、いつもと変わらない速さなのに、私の目の前で倒れていく彼だけは、ゆっくり目に映った。

 舗装された綺麗な道にうつ伏せで倒れる彼。

 ひとひらの黒いコスモスの花びらが、彼の背中に流れ着いたように落ちる。

「太陽!」

 返事はない。耳を彼の口元に近づけて息があるか確認する。

「息はある・・・」

 気を失っているとは思えないほど、綺麗な表情をしたままの彼。

 いつものように起き上がってほしい。冗談だと言って起き上がってほしい。

 これが、最後の別れになるなんて私は耐えられない。だから、どうかどうか神様彼の命を助けてください。

 風が大きく吹き、辺り一面のコスモスの花が風に煽られる。

 所々から空へと飛び去っていく、色のついたコスモスの花びら。

 お願いします。まだ彼を連れて行かないで。

 私の涙が下に落ちていくのとは反対に、上空へ舞い上がっていくコスモスの花びら。

 まるで、コスモスたちも神様に命を助けるように訴えているみたいに儚く綺麗だった。