たくさんの人混みに紛れるように、私たちも会場を出るために人の流れに沿うように道を歩く。

 ほんのりと香る火薬の香ばしい匂いや、屋台の甘く美味しそうな匂いがまだ人々の体に名残惜しく残っている。

 横を通り過ぎるたびに、薄く香る匂いが食欲を誘う。
 
「ねぇ、太陽。この後、どうするの?」

「そうだね。2人きりでゆっくり話したいから、近くの公園に行かない?」

「わかった。もう少し歩いたところに小さめの公園あるから、そこに行こっか」

「ちなみに、手はこのままでもいいの?」

「うん、このままがいいです・・・」

「・・・わかった」

 ぎゅっとさっきよりも強い力で握り締められる私の手。 

(あぁ、私。やっぱり太陽のことが好きだ)

 気付いてしまった自分の本当の気持ち。だけど、この気持ちを打ち明けることはきっと私にはできない。

 彼を苦しませることだけは、したくはないから。

 5分ほど歩いて大きな交差点を過ぎたあたりから、一気に人混みが落ち着き始めた。

 私たちの周りには、数組のカップルが歩いている程度。

 暗い夜道を照らす街灯。それに負けず劣らず、立ち並ぶ一軒一軒からもオレンジの燈が漏れ出している。

 温かい穏やかな家庭をイメージさせる優しい光。

 前方に闇に溶けているようにひっそりと佇む公園が見えてくる。

 小さな公園の真ん中に立つ街灯が、公園内全体を明るく照らす。

 明るくはないが、安心感のある光。
 
「ついたね」

「ベンチに座ろっか」

「そうだね」

 花火を見ていた時と同様に、手を繋いだままベンチに座る私たち。

 流石にこの気温の中ずっと手を繋いでいたせいか、じっとりと汗ばんでいる気がする。

 離してしまいたいけど、離したくない。

 1度離してしまったら、もう繋ぐことはできない気がするから。

 互いに無言の時間が続く。夜の公園はひっそりと静まり返っているせいか、虫たちが鳴く音が鮮明に聞こえてくる。

 なんの虫が鳴いているかまではわからない。ただ落ち着く鳴き声なのは確か。

「あのさ」

 夜の静けさに同調するように、静かな声で話す太陽。

「うん?」

「前に言ってたことを話そうと思うんだけど、聞いてくれる?」

 前に言ったこと...ひとつしかない。太陽の体についてのこと。そして、その後は私が彼に話す番。

「うん。聞かせてほしい」

 硬直していく彼の体。自然と手にも力が入っているようで、腕の血管が浮き出ている。

 太陽も怖いんだ。自分の体のことを人に話すのは。私にもその気持ちはよく分かる。私も君と同じような者だから。

 時間にして、1分ほどの時が流れる。私からすると、たった1分だっただろうが、太陽には何十分にも何時間にも感じられたかもしれない。

 彼の震えている唇を見るだけで、それがわかってしまう。

「僕は・・・病気なんだ」

「うん」

 あえて話を誘導せず、彼が自分の口から話してくれるのをひたすら待つ。

 これが、今の自分にできる最大限の彼への配慮。

「その、僕は太陽に好かれているんだ」

「太陽に?」

 何を言っているのかよくわからなかった。でも、私にとって次、彼から発せられる言葉がいいことではないことは察することくらいはできた。

 「うん。僕は、太陽に好かれる代わりに闇に嫌われているんだ。太陽が沈んでいる時、僕の体は少しずつ病に蝕まれているんだ。簡単に言うと、夜の間は寿命が人よりも早く削られているということ」

 言葉を失った。太陽の病気は夜に嫌われる病気だった。

 私とは完全に対になるもの。太陽に嫌われる私と、太陽に好かれ、夜に嫌われる彼。

 こんな悲しい現実があってもいいのだろうか。

 これじゃ、私たちは一生結ばれることのない者同士ではないか。

「そ、そっか。夜は外に出ていても大丈夫なの?」

 これが、何よりも気になった。だって、彼はこうして今も外に出ているわけだから。

「本当は良くないんだけど、一応薬もあるから。それに、寿命は減っているけど、太陽に当たってないからといって、症状が現れることはないんだ。普通の人よりもものすごい速さで老いていくだけらしい」

「そ、それで太陽はあとどのくらい生きられるの?」

 聞かずにはいられなかった。残りの彼の命の燈が燃え続ける年月を。

「そうだね。今年の春に先生に告げられたのは、残り1年もないって」

 私は心はどん底へと急降下するように落ちていった。