「ママ〜! 浴衣の着付けしてくださーい!」
「待って、今いく!」
今日は、太陽と花火を見にいく日。生憎、今日の天気は雲ひとつないほどの快晴。最高の花火大会日和ってやつ。
現在時刻は、17時35分。花火打ち上げの時間が19時スタートなので、まだ1時間以上は時間に余裕がある。
太陽とは、18時半に私の家の前に集合なので、焦らなくてもいい。
わざわざ迎えにきてくれるらしく、最初は断ったがなかなか折れてくれなかったので、私が先に折れたのだ。
花火大会の会場までは、うちから歩いて15分程度。
ただひとつだけ問題点がある。夏の18時半はまだ日が完全に暮れ切ってはいない。
完全に日が暮れるのは19時近く。嫌でも日傘を持って行かないといけない。それに日が暮れるまでは、腕をさらけ出さないため、黒いアームカバーをしなくてはならない。
浴衣にアームカバーはダサいが、もし太陽の光が当たったことを考えるとしなくてはならない。
命に勝るものはないのだから...
「よしっ!できたよ」
「ありがとう、ママ」
「意外にも可愛いわね」
「意外にって何!」
「ごめんごめん。可愛いよ。さすが私の娘!」
「全然フォローになってないけど」
「大人になったのね、希空も」
薄い紫を基調とした派手さはないが、落ち着いた雰囲気の浴衣。夏の花でも有名な紫陽花が、浴衣に咲き誇っている。
ちょっとだけ大人っぽい浴衣にドキドキしてしまう。
1年前に着た浴衣は、確か黄色の向日葵の浴衣だった気がする。
まだ太陽に嫌われてはいない頃に着た浴衣。向日葵と同じで太陽の光が大好きだったあの頃。
今年のは、去年に比べると数段落ち着いている。まるで、1年を通してかわりに変わった私の心みたい。
等身大の鏡の前で、浴衣の自分と初対面する。着付けをしてもらった上に、髪の毛、さらには化粧までしてくれたママ。
自分のはずなのに、自分ではないような錯覚に陥ってしまいそうなほど別人に見える。
自分のことを可愛いと思ってしまうくらいに。
「ママ、ありがとね。私、去年のよりこっちの浴衣の方が好きかも」
「そう。嬉しいわ」
鏡に反射して映るママの顔。嬉しさと悲しみが混じりあったような顔で私を眺めるママ。
「ママ・・・?」
「その浴衣はね、私が希空と同じ歳の時に着ていた浴衣なの。ついあの時の自分を思い出してしまったわ。本当に私そっくりね。綺麗よ、希空」
「だからよく似合うってわけだね!」
「えぇ、そうね。ほら、そろそろ時間じゃない?」
白い壁にかけられた時計で時刻を確認する。18時20分。後10分もしないうちに彼がここにくるのだと思うと、緊張が収まらない。
むしろ先ほどよりも心臓の鼓動が速くなっている気がする。
"ピンポーン"
家の中にチャイムの音が鳴る。
「ほら、彼が来たんじゃない?」
「そうかも」
「気をつけて行ってくるのよ。それと、目一杯楽しんできなさい」
「うん! 行ってくるね!」
「行ってらっしゃい・・・」
家の扉に手をかけ、ゆっくりと開いていく。それと同時に手に持っている日傘をさす。
オレンジに染まっているであろう空から差し込む光が、目の前に立っている彼の顔を照らしている。
光に照らされている彼は、普段よりも優しげでどこか儚げに見えた。
「・・・綺麗だ。似合ってるよ」
「ありがとう」
きっと私の頬は、彼とは違った色に染まってしまっているだろう。
「お母さんに挨拶した方がいいよね。大事な娘さんを連れていくから」
「いや、今日はやめとこ。また今度でいいからさ」
「希空がそう言うなら、そうするよ」
「うん。また今度ね」
「あぁ、また今度必ず。それじゃ、行こっか」
「うん!」
ねぇ、ママ。私ナイスだったでしょ?今のママは、きっと太陽に顔を合わせることができないよね。
私にはわかるよ。ママが1人で泣いていることくらい。
1人娘が自分と同じ歳の時に、同じ浴衣を着ていることが嬉しかったんだよね。
その涙には、他のことも含まれているだろうけれど、今は気づかないふりをしておくよ。
だって、今日は私の晴れ舞台だからね。
「行ってきますママ」と声には出さず、もう1度心の中で反芻する。
どこからか「行ってらっしゃい」と背中を押してくれる、声が聞こえた気がした。
「待って、今いく!」
今日は、太陽と花火を見にいく日。生憎、今日の天気は雲ひとつないほどの快晴。最高の花火大会日和ってやつ。
現在時刻は、17時35分。花火打ち上げの時間が19時スタートなので、まだ1時間以上は時間に余裕がある。
太陽とは、18時半に私の家の前に集合なので、焦らなくてもいい。
わざわざ迎えにきてくれるらしく、最初は断ったがなかなか折れてくれなかったので、私が先に折れたのだ。
花火大会の会場までは、うちから歩いて15分程度。
ただひとつだけ問題点がある。夏の18時半はまだ日が完全に暮れ切ってはいない。
完全に日が暮れるのは19時近く。嫌でも日傘を持って行かないといけない。それに日が暮れるまでは、腕をさらけ出さないため、黒いアームカバーをしなくてはならない。
浴衣にアームカバーはダサいが、もし太陽の光が当たったことを考えるとしなくてはならない。
命に勝るものはないのだから...
「よしっ!できたよ」
「ありがとう、ママ」
「意外にも可愛いわね」
「意外にって何!」
「ごめんごめん。可愛いよ。さすが私の娘!」
「全然フォローになってないけど」
「大人になったのね、希空も」
薄い紫を基調とした派手さはないが、落ち着いた雰囲気の浴衣。夏の花でも有名な紫陽花が、浴衣に咲き誇っている。
ちょっとだけ大人っぽい浴衣にドキドキしてしまう。
1年前に着た浴衣は、確か黄色の向日葵の浴衣だった気がする。
まだ太陽に嫌われてはいない頃に着た浴衣。向日葵と同じで太陽の光が大好きだったあの頃。
今年のは、去年に比べると数段落ち着いている。まるで、1年を通してかわりに変わった私の心みたい。
等身大の鏡の前で、浴衣の自分と初対面する。着付けをしてもらった上に、髪の毛、さらには化粧までしてくれたママ。
自分のはずなのに、自分ではないような錯覚に陥ってしまいそうなほど別人に見える。
自分のことを可愛いと思ってしまうくらいに。
「ママ、ありがとね。私、去年のよりこっちの浴衣の方が好きかも」
「そう。嬉しいわ」
鏡に反射して映るママの顔。嬉しさと悲しみが混じりあったような顔で私を眺めるママ。
「ママ・・・?」
「その浴衣はね、私が希空と同じ歳の時に着ていた浴衣なの。ついあの時の自分を思い出してしまったわ。本当に私そっくりね。綺麗よ、希空」
「だからよく似合うってわけだね!」
「えぇ、そうね。ほら、そろそろ時間じゃない?」
白い壁にかけられた時計で時刻を確認する。18時20分。後10分もしないうちに彼がここにくるのだと思うと、緊張が収まらない。
むしろ先ほどよりも心臓の鼓動が速くなっている気がする。
"ピンポーン"
家の中にチャイムの音が鳴る。
「ほら、彼が来たんじゃない?」
「そうかも」
「気をつけて行ってくるのよ。それと、目一杯楽しんできなさい」
「うん! 行ってくるね!」
「行ってらっしゃい・・・」
家の扉に手をかけ、ゆっくりと開いていく。それと同時に手に持っている日傘をさす。
オレンジに染まっているであろう空から差し込む光が、目の前に立っている彼の顔を照らしている。
光に照らされている彼は、普段よりも優しげでどこか儚げに見えた。
「・・・綺麗だ。似合ってるよ」
「ありがとう」
きっと私の頬は、彼とは違った色に染まってしまっているだろう。
「お母さんに挨拶した方がいいよね。大事な娘さんを連れていくから」
「いや、今日はやめとこ。また今度でいいからさ」
「希空がそう言うなら、そうするよ」
「うん。また今度ね」
「あぁ、また今度必ず。それじゃ、行こっか」
「うん!」
ねぇ、ママ。私ナイスだったでしょ?今のママは、きっと太陽に顔を合わせることができないよね。
私にはわかるよ。ママが1人で泣いていることくらい。
1人娘が自分と同じ歳の時に、同じ浴衣を着ていることが嬉しかったんだよね。
その涙には、他のことも含まれているだろうけれど、今は気づかないふりをしておくよ。
だって、今日は私の晴れ舞台だからね。
「行ってきますママ」と声には出さず、もう1度心の中で反芻する。
どこからか「行ってらっしゃい」と背中を押してくれる、声が聞こえた気がした。