彼と歩き始めて、5分が経過した。せっかく学校以外で出会ったので、すぐに帰ってはもったいない気がして、ちょっとだけ家までの道のりを遠回りしている。

 歩き始める前に、未來には連絡しておいた。彼女からの返信はたった一言。

 『後でじっくり話聞かせろ』との強迫じみた一文だけだった。

「希空、この道右左どっち?」

「右〜」

「この辺意外と暗いな。ここを1人で帰らせなくてよかった」

「太陽って意外と天然なのかもね」

「そう?初めて天然なんて言われたけど」

 違う。そっちの天然じゃないよ。太陽は天然たらしってことだよ。言葉に出さなくていいこともこの世には、数多く存在する。

 これもそのうちのひとつに過ぎない。

「それは意外かも。気をつけた方がいいよ」

「うん?わかった」

 なんのことかさっぱり理解していない様子の太陽。きっと将来彼の彼女になる女の子は、大変だろうなと勝手な憶測を立ててしまう。

「あ、ちょっとごめん」

 彼が背中に背負っていたリュックから、ペットボトルに入ったミネラルウォーターと謎の白いタブレットが入っているケースを取り出す。

 白いタブレットを数個口の中に放り入れ、ミネラルウォーターと書かれた液体で体の中へと流し込んでいる。

「どこか、体悪いの?」

 我慢できずに問いかける。1台の車が私たちの横を通り抜けて行く。

 夏風が私たちの髪を揺らす。車から出る排気ガスが、鼻を刺す匂いだったが今は気にもならなかった。

 彼が今にも闇に溶けて消えてしまいそうなほど、悲しげな表情を顔に貼り付けていたから。

「ううん。ただの風邪薬だよ。夏風邪を引いちゃってさ」

「そっか。それは、早く治さないとね」

「そうだね、夏風邪は治るのが遅いって言われてるからね」

 さっき見た彼の顔は見間違いだったのだろうか。そう思い込んでしまいたくなるくらい、彼の表情は辛そうなものだったんだ。

 でも、それが嘘だってことくらい私は気づいていた。

 ボソッと彼が呟いた『治らないんだ』という言葉を私は聞き逃さなかった。

 いつか彼から話してくれることを願い、そしていつか自分のことも打ち明けられる日が来るまで。