家に帰って数分のうちに未來が、大きな荷物を抱えてうちに上がり込んできた。

 荷物の量からして一泊の量ではないが、本人曰くお菓子や遊ぶためのものが詰め込まれているらしい。

 少しは睡眠時間を取れるかと思ったが、これはオール間違いなしの淡い期待だと思い知らされた。

 夕食を済ませ、私の部屋でゴロゴロしている最中。夕食は、未來が泊まりにきたということもあり、ママが料理に手を振るい唐揚げや手巻き寿司といった豪勢な夕食だった。

 おかげさまで私の胃袋は、パンパンに膨れ上がっている。まるで、妊娠初期の妊婦さんのお腹みたい。

「はぁ〜、食べすぎて苦しい・・・」

「んね。久しぶりにこんなに食べたかもしれない」

「私たち2人揃って胃下垂だから、お腹やばいことになってるね」

「久々にこのお腹見た気がするよ」

「それな。私も数ヶ月ぶりかも」

 机、丸テーブル、ベッドと比較的女の子の部屋にしては、シンプルな私の自室。全てが白で統一されているのが、私が唯一意識しているポイント。

 太陽の光を遮断しているため、部屋の中はいつも照明をつけなくてはならない。

 部屋の家具までも暗い色のものだと気持ち的にも沈んでしまうので、家具は明るく、且つ綺麗で清潔感がある白を選んでいる。
 
「あー!」

「どうしたの希空?」

「ノート買うの忘れてた」

「ノート?」

「うん。あーちゃんとの授業で使うノートがもうなくなっちゃったから、買わないといけなかったのに」

「希空は本当に勉強熱心だね。尊敬するよ」

「違うよ。あーちゃんが鬼なだけ!ちょっとコンビニでノート買ってくる」

「私も行くよ」

「大丈夫だよ。もう日は暮れてるし、夜なら私は普通の女の子と変わりないから」

「いや、女の子だから1人で歩くのは・・・」

「大丈夫! コンビニまですぐだし!」

「わかった。気をつけて行くんだよ。何かあったらすぐ連絡して」

「うん。いってくるね」

 無地の真っ白なTシャツに灰色のショートパンツを履いて、家を出る。もちろん足元は、暑い夏には最適な黄色のサンダル。
 
 家を出た瞬間に、もわっとした空気に身を包まれる。時刻は、20時15分。

 すっかり太陽も闇を孕んだ夜に溶け込んでしまったらしい。

 夏の夜はもわっとしているが、他の季節と違って妙に夜への安心感があるのは私だけだろうか。

 特に冬の夜は、肌寒いせいか孤独感が強くなる。それに比べ、夏の夜は深夜ではない限り怖さや孤独感はない気がする。

 きっと冬に比べ夏は虫や生き物たちの声が、聞こえてくるから安心感が増すのかもしれない。

 夜道に等間隔で立っている街灯が、足元を照らす。その光に吸い寄せられるように、蛾や得体の知れない虫が寄って集っている。

 本能的に生き物は光があるところを好むのだろう。人間が太陽の光が好きなように、虫もまた同じなのだ。

「あ、見えた」

 閑静な住宅街に囲まれた中に佇むコンビニ。人工的に発せられている光が、私の目には眩しい。

 夜の暗さに目が慣れてしまったのか、異様にコンビニが明るく感じてしまう。

 仕事帰りのサラリーマンなどがコンビニへと寄ってしまいたくなる理由が若干分かった気がする。

 なんでも揃っていて、魅力的な光を発していたら足がそっちに向いてしまうのは仕方がない。

 比較的に住宅街のコンビニにしては大きめの駐車場。止まっているのは、白い軽自動車と黒色のワゴン車の2台だけ。

 どちらの車も、エンジンがついている状態なので車内で休憩でもしているのだろう。

 扉の前に向かうと、センサーが反応して客を迎え入れてくれる扉。本当に便利な時代になったのだなとしみじみ実感する。
 
 扉が開くと同時に、ひんやりとした風が私の体を突き抜けていく。コンビニの冷房の冷気と、自然の暑さが交わりながら私を取り囲む。

 一歩足を店内に踏み入れる。そこは完全に別世界と言ってもいいほど、煌めいて見えるくらい快適でなんでも揃いに揃っている場所。

 日常生活の基本的なものなら、大体がこの場所で済んでしまう恐ろしさ。

 一人暮らしになった大学生や社会人が、愛用してしまうのも無理はない。

 まさに、依存するにはもってこいの場所だ。

「あ、ノートノート」

 すっかり心地いい温度に、コンビニに来た目的を忘れていた。

 レジには、アルバイトの大学生だろうか。いや、高校生にも見える。

 かなり遠めで見たが髪色は茶色と割と明るめ。顔にはどことなくあどけなさが残っている。
  
 店内には私以外にお客さんはおらず、多分店員さんと2人きり。

 特に何もあるわけもなく、お目当てのノートを手にしてレジへと向かう。値段は232円。割と高めだ。

 ついお菓子コーナーでグミを買おうか迷ったが、手に取るだけで買うのはやめた。

 家には大量のお菓子があることを思い出してしまったから。

「お願いします」

 レジにノート1冊を置く。静かな店内に、私と店員さんの息を吐く音だけが聞こえる。

「232円になり・・・希空?」

 不意に名前を呼ばれ、パッと視線を声の主へと向ける。

 コンビニの制服に身を纏ったまま硬直している太陽がそこにいた。

「えっ・・・太陽?」

「希空の家ってこの辺なのか?」

「う、うん。歩いてすぐのところ。太陽はここでバイトしてるんだね」

「あぁ、特に部活とか入る気ないし、元々前いた学校の時からここでバイトはしてたから」

「そうなんだ。えらいね」

「全然偉くなんかないよ。ただの暇つぶしさ」

「あ、これ300円。お願いします」

「はい、68円のお返しね。あのさ、僕あと5分で勤務終わるから少し待っててくれない?」

「え、いいけど。なんか用でもあるの?」

「帰り送って行くよ。夜に女の子1人は危ないからね」

「あ、ありがとう!」

 ドキッとなった心臓の音を誤魔化すために、つい大きな声を出してしまう。

 再び店内には静寂が戻り、外からはどこかで花火が咲く音が聞こえてきた。