「なんだ、君人間だったんだね。よかった〜、本当にお化けかと思ったよ」

「初めてそんな失礼なこと言われたよ。人のことお化け扱いとか、なかなかだよ?」

「ごめんごめん。あまりにも君が透き通るほど、白くて綺麗だったから。現実感がなかったよ」

「そんなこと言っても許してあげないから」

「本当に申し訳ありませんでした」

「今回だけは、特別ね」

「ありがとう。ところで、君の名前はなんて言うの?」

「私は、蒼井希空(あおいのあ)。君は?」

「僕は、夜瀬太陽(よるせたいよう)。実は、今日転校してきたばかりだから、君が初めての友達になるんだ」

 彼が、未來が話していた今日から私たちのクラスメイトになる転校生だったのか。

 でも、どうして彼は今ここにいるのだろう。もう、朝のホームルームは始まっているはずなのに。

 ここにいるということは、彼にもそれなりの事情があるに違いない。

 もしかしたら、何か聞かれたくないことでもあるのかもしれない。

「もうすぐで保健室の先生戻ってくると思うから、待ってるといいよ」

「んー、特に保健室に用事はないんだ」

「え、じゃあどうしてここにいるの?」

「その・・・迷ってしまいまして。自分のクラスまでの行き方がわからなくて・・・」

 そんなことがあり得るのか。衝撃的すぎて言葉が出ない。彼は、方向音痴なのかそれとも、天然なのか。

 どちらなのかはわからないが、確実に言えることがある。間違いなく彼はどこか抜けている。

 保健室と私たちの教室は、そもそも階数が違うのだ。保健室は1階。2年3組の教室は、3階。

 普通に過ごしていたら、迷うことなんてあり得ないのに。

 それに事前に教室の場所は伝えられているはず...

「私が案内してあげたいけど・・・」

「話したくない理由があるんでしょ?無理に話そうとしなくてもいいよ」

「ごめん・・・」

「気にしないでよ。僕にもその気持ちはよくわかるから」

 保健室の扉の前に戻り、立ちすくんだまま動かない彼。廊下の窓から校内に差し込んでいる太陽の光が、彼を神々しく照らしている。

 保健室の入り口を境に引かれる『光と闇』の境界線。

 当然、彼が光で私は闇。闇の中でしか生きられない私からすると、彼の姿が輝いて見えてくる。

「ねぇ。夜瀬くん」

「太陽」

「え?」

「僕のことは太陽って呼んでよ。僕も君のことは希空って呼ぶからさ」

 急な名前呼びに、不覚にもドキッとしてしまう。思い返せば、異性に名前で呼ばれるのは、小学生以来かもしれない。

「うん、わかった。よろしくね、太陽」

「よろしく、希空」

 ニコリと微笑む彼の顔が眩しすぎて、直視するのが困難なほど。

「あ、それでね。もうすぐここにあー・・・朱美先生が会議から戻ってくるから、朱美先生に教室まで案内してもらうといいよ」

「んー、それはいいかな」

「どうして?」

「どうせなら、転校してきたばかりだからこの学校を軽く見て回りながら、教室に行きたいからかな」

 彼が何を言っているのか、私には全くこれっぽっちも理解できなかった。

 既に遅刻をしているのに、急ぐそぶりを全く見せない彼。

 私は知らなかった。彼もこの時から闘っていたことに。