夕食の片付けを終え、リビングにお茶を持っていくと、お父さんは映画のサブスクサイトの画面を流し見していた。


「お父さんって、みたい映画はいつも直前に決めるんだね。しかもアニメとか、ホラーとか、ジャンルもバラバラ」

「初めは好き嫌いせず、何でも見てみたいんだ」


お父さんは(のぞ)き見をする私の方に画面を向けてくれた。

おすすめ欄には昨日見たアニメの続編や番外編が映し出されていたけれど、お父さんはそれを気にも留めずに画面をスクロールしていく。


「選ぶ基準とかあるの?」

「そうだなあ。こうやってサムネやタイトルを流し見して、気になったものがあれば予告を見て、あらすじや登場人物、作中のBGMや音楽を聴いて自分にはまるかどうか決める。感覚だけどな」

「お父さんが感覚とか言うのって意外。もっと具体的な基準があるんだと思ってた」

「感覚で決めるのは意外と難しいぞ。大人になれば、何でも理屈で決めようとする癖が身に付いてしまう」


遠回しに否定されたような気持ちになったのは、きっと私も何かと理屈を付けて選択する機会が多い人間だからだと思う。


「それって、やっぱり悪いことなの?」


お父さんはゆっくりとお茶を啜った。


「良いとか悪いとか、そういうのじゃない。自分がどうありたいかだ」

「……よくわかんない」

「そのうちわかるようになるさ。うん、伊智の淹れてくれたお茶、美味い」

「そんなこと言っても、何も出ないよ」


そう言うとお父さんは盛大にむせてしまったから、軽くタオルを投げつけておいた。


「伊智、選ぶか?」

「お父さんの好きなので良いよ。私、お風呂に入るから、先に観てて良いよ」

「わかった」


そう言っているんだけど、毎回私がお風呂を上がってリビングに戻ると、ちゃっかり私を待ってくれるんだ。いつからか、私はそういう見えない優しさに頼りきってしまっている。


「お父さん、やっぱり私、選びたい」


言い直したのは、やっぱりきちんと言葉にしておきたいって思ったからだ。

予想していなかったのだろう、お父さんが答えるまで一瞬の間があった。

けれど、すぐにお父さんは画面から視線を外すことなく、心なしか少し嬉しそうに「そうか。じゃ、待ってる」と言ってくれた。