夕方。

赤い光が校舎を照らす。

二年の校舎にやってきたシノアと風間と二水は真昼と出会った。



「さっきぶりだね、二人とも。どうしたの、何か用事?」

「真昼様、姉妹誓約の契りを結んでください」

「そう、だね」



真昼は二人から視線を逸らし、腕を握る。

姉妹誓約は特別な契りだ。上級生が下級生を守る契り。衛士の生存を望む真昼としては感情の問題を抜きにすれば結んでも問題ない筈の制度だ。

真昼の先には時雨が黙って真昼を見つめている。



「ごめんね、それはちょっと無理かな」

「何故ですか?」

「私の問題というか、姉妹誓約を結べるような人間じゃないっていうか」



真昼は死者に苛まれて続けている。

『お前だけ幸せになるのか?』『特別な関係を得るのか?』『おかしいだろ』『俺たちは』『私たちは』『お前達の扇動で死んだんだ』『生者に尽くせ』『個人の幸せなんて認めない』『デストロイヤーを殺せ』『衛士と防衛軍を使い潰せ』『殺せ』『殺せ』『殺せ』



そんな声が常に真昼の頭には響いている。真昼はこれを正常だとは思えない。自分は狂っているのだ。そんな人物が姉妹誓約なんて結んで良いはずがない。そんな関係性を築くべきじゃない。



「だから、無理なんだ。シノアちゃんが駄目って事じゃないよ。ただ私が駄目なんだ。私は駄目な衛士だから」

「それはおかしいですわ。真昼様が駄目な衛士なら殆どの衛士が駄目な衛士になってしまいます。噂は聞いていますわ。どんな絶望的な戦場でも諦めず味方を鼓舞して未来を切り開く希望のラプラス、と」

「はい! 私も真昼様に命を救われました。茨城撤退戦で逃げ遅れていたところを救われたんです。そこで憧れて、追いかけて横浜にきたんです。だから!」

「勘違い、してるよ。二人とも。私はそんな存在じゃない。もっと、汚れている」



真昼は二人の純粋な瞳に耐えきれなかった。すぐにでも会話を終わらせたくて、ある提案をした。



「じゃあ、こうしよう。私についての悪い噂があると思うんだ。それを調べて、事実関係を調べた上で、まだ姉妹誓約なりたいならまた来て欲しい。それで頷くともいえないけど、良い情報だけでなく、悪い情報も知らないとね」

「悪い噂、ですの?」

「自分でいうのは簡単だけど、こういうのは人が言うから広がるからね。私が人からどんな人間だと思われているのかちゃんと知った方が良い。姉妹誓約になればそれは自分の噂にもなるんだから」

「わかりました」

「期限はありますの?」

「ううん、そうだな。十日くらいがいいかな。じゃあ、私は行くよ」



真昼が去った後で三人は話し合う。



「随分と自己評価が低いお方ですのね」

「はい、一ノ瀬真昼といえばレギオンの力が倍増すると言われるほどの能力をお持ちです。レアスキルラプラスだけでなく、知らないレギオンとの即席連携能力が高いんです! そのことからいれば勝てる幸運のクローバーと称されています!」

「やはり凄い方なのね。自分の悪い噂を集めろ、というのも、私たちのことを慮ってのことでしょう。まずはどうするべきかしら?」

「一年生は真昼様の事はあまり知らないかもしれません。聞くとしたら二年生でしょうか」

「二年生……でしたら2代目アールヴヘイムの方々はいかが? 確か真昼様も初代アールヴヘイムの一員でしたよね」

「アールヴヘイムなんて私たちじゃあそれ多くて声をかけれませんよ!」



話し合っているうちに夜になっていた。今日は解散して、それぞれの部屋に戻る事になった。

翌日、メインホールへ行くとざわざわと人だかりができていた。掲示板には新聞が貼られていた。



『週刊衛士新聞! 柊シノアさん、一ノ瀬真昼さんに姉妹誓約を申し込む!!』

「これは、何!?」

「あ、シノアさーん」

「二水さん、これは一体何事かしら?」

「週刊衛士新聞です! 横浜衛士訓練校の出来事を新聞として発表するんです、全部私の手作りです」

「なるほど、わかったわ」



これから何かあればネタにされるのを予期しながら、シノアは朝食を食べた。風間も合流して、いつもの三人となった。クラスも一緒で、そのまま午前は座学を受けた後、午後は実戦訓練となっていた。

訓練場では戦術機がずらり、と並んでいる。

訓練室の大きさの都合上、クラスを五つのグループに分けて訓練する事になっていた。また教導官だけではなく、実戦を今経験している上級生もその訓練に教える側として参加していた。



シノアのグループは我妻二水、風間・J・アインツ、間宮愛花、滝川葉風、二階堂胡蝶そして柊シノアの六人だ。



「よーし、揃ってるな? 遅刻欠員なく結構結構。訓練を担当する最上梅だぞ! よろしくな!」

「同じく訓練を担当する一ノ瀬真昼です。よろしくね」



緑髪の先輩と真昼が立っていた。



「よし、まずは戦術機操作の習熟度を見るゾ! 実戦経験のあるものは前に出てきてくれ!」



風間と赤と金のオッドアイを持つ愛花、そして大人しめな葉風が前へ出る。



「まずは五発! 標的に向かって、構え! 撃て!」



全員が模擬標的に向かって弾丸を発射した。煙が晴れると、全ての標的が五個の穴が空いていた。全員が模擬標的に弾丸を全て命中させたことを示している。



「流石、実戦経験組、上手いもんだ」

「凄いわね」



シノアはまだ戦術機に触れて短い。あんな風に当てる事はできないだろう。



「動かない的に当たるなんて訓練になりませんわ」

「感心してる場合じゃないぞ、次なら行くゾ」

「はい」



戦術機を手に取るとずっしりとした重さが伝わってくる。銃形態へ変形させながら構える。



「構え! 撃て!」



シノアはトリガーを引いた。しかし弾は出なかった。他の二人は弾丸が発射され、的に掠ったり、地面に着弾したりしている。弾が出ていないのはシノアだけだ。



「あら? どういうことかしら?」

「弾が出ないの?」

「は、はい」



真昼が隣で問いかける。



「戦術機を固定したらコアに手をかざす。適正試験の時のように魔力を高めるのではなく、自分の魔力と戦術機を繋げるように意識して」

「自分の中にある魔力と戦術機を繋げる」



言われた通りやると魔力クリスタルが輝いた。



「そして構えて」

「はい」

「トリガーを引く」

「はい」



戦術機から弾丸が発射された。しかし的には当たらず周囲に弾痕を残した。



「初めてならこんなものだナ!」

「まずは銃撃の反動に慣れる事から始めてみようね」

「わかりました。ありがとうございます」



真昼はシノアから離れる。その時だった。

風間が言う。



「ちょっとよろしくて? ここにいるのは実践経験者が半分以上です。動かない的を撃っても訓練にならないのではないでしょうか」



風間は勿論のこと、愛花、葉風、胡蝶はベテランと言っても過言ではない。



「そこで一つ提案があります。模擬デストロイヤー戦で実力を磨くのはどうでしょうか?」



模擬デストロイヤー戦。

シュミレーターを使ったかなり実戦に近い訓練のことだ。当然痛みも衝撃も発生もするので手抜きはできない。

真島真由が改良した精巧なシュミレーターがこの横浜には実装されている。



「どうする? 真昼」

「そうだね、初心者は模擬デストロイヤー戦は厳しい気がするけど、いつ実践に投入されるかわからない以上経験は積ませておいた方が良い、かな。うん、やろうか」



第三演習シュミレーター室。



「天気は晴れ、気流は強い、視界の晴れた平原」

「風が強いナー」

「攻撃の軌道が読みづらいから、そこが勝負所だね」

「今回は実力差のあるメンバーが入り混じっての対決だ。お互いフォローを忘れずにナ!」

「それでは、模擬デストロイヤー戦、始め!」



シノア、風間、葉風チーム。

二水、愛花、胡蝶チーム。

仮想デストロイヤーが出現して、2チームに襲いかかった。