夢を見る。

それは東京に遠征に行った時の事だった。隣にはアールヴヘイムのメンバーが揃っている。当然、横には時雨お姉様がいる。それが嬉しくて、とても嬉しくて笑顔になってしまう。



「どうしたの? 真昼、今日は随分と楽しそうだね」

「そりゃあそうですよ! お姉様とのお出かけなんですから」

「こらこら、あくまで遠征だよ」

「でも会議までは時間ありますよね? どこか行きませんか?」

「どこか? 真昼はどこへ行きたい?」

「そうですね……」



そう言われると悩んでしまう。と、そこで目に留まったのは。



「水族館!」

「珍しいね。まだ生きた海生物がいるなんて」

「行きましょう!」

「そうだね、横浜では見れない光景だ。行こうか」



ペンギン。

クラゲ。

魚。いや、それをいったら全部魚なんだけど。

でかい水槽を眺める。

魚達は自由に泳いでいる。



「綺麗ですね」

「そうだね。こうして真昼を見ているとすべてのことには(わけ)があるように思える。日々起こる悲劇も不幸も、いつか起こる最良の結末のための価値ある出来事。その意味では、ただの不幸なんてないのかもしれない」

「でも、やっぱり不幸なのは嫌ですよ」

「それを言ってしまったらおしまいだけどね。幸福なだけの人生はあり得ない。こんな世界だとね。だから、少しでも前を向く為に人はそう思うのさ」



魚が泳いでいる透明なトンネルを抜けて、外へ出る。そこはお土産コーナーだった。



「うーん、真昼にはどれが似合うだろう」



アクセサリーを物色しながら時雨は唇に手を当てる。



「お姉様から頂けるものならなんでも嬉しいです」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっばり似合うものが良いよね。真昼は可愛い系だからオシャレなものでは無く普通のものが良いのかな」



時雨はステンレスでできたペンギンのネックレスを手に取った。



「これとか」

「これ、少し子供っぽ過ぎません」

「ぷぷっ、うん、小学生みたい」

「お姉様!? いくら私が幼い顔立ちだからってそれはひどいですよ!?」





夢を見る。

それは地獄だった。

炎が大地を燃やして、建物が崩れている。その中には人が押し潰されている。子供も大人も関係ない。ただ人が死んでいる。



デストロイヤーが暴れている。熱線で人を焼き払い、触手で人を引き裂く。衛士も果敢に立ち向かうがデストロイヤーの数に太刀打ちできない。傷を負い、地面に倒れる。



負け戦。

絶望的な戦況。

だけど、私にはそれを覆す力がある。



「ラプラス、発動」



倒れていた衛士や民間人が立ち上がり、雄叫びを上げてデストロイヤーに向かっていく。その隙に射撃をしてデストロイヤーの数を減らしていく。

諦めさせない。

死んだ者を惜しませない。

前を向け。

戦え。

敵を殺すまで戦いそして死ね。

どうせ死ぬなら役に立ってから死ね。

生きる者の糧となれ。

進め。



夢を見る。

それは時雨と共に足湯に浸かっていた時の事だった。



「真昼、少し面白い手品を見せようか」

「手品ですか?」

「行くよ」



時雨の手に刻印が浮かび上がり、マギスフィアが浮かび上がる。それは形を変えて、犬や猫、鳥のように変化して動き回った。まるで動物園に来たようだった。



「どうだい?」

「凄いです! お姉様! 一体どうやったのですか?」

「ラプラスの応用さ。やり方は秘密」

「ええ!? 気になります!」

「ホレイショー、この天地のあいだには、人間の学問など夢にもおよばぬことが、いくらでもあるのだ」

「うん? 何ですかそれは」

「真昼はもう少し文学に触れた方が良いね。そうするとこの意味がわかって面白くなるよ」

「本ですか、なんていう本なんですか?」

「シェイクスピアのハムレット」



夢を見る。

目の前には震える衛士達がいる。

過酷な戦場を経験してトラウマ、PTSDを患ってしまった衛士だ。ラプラスを使える梨璃はそのトラウマ持ちの衛士を戦線復帰させる為に医療軍事者として呼ばれていた。



「みんな、落ち着いて。深呼吸して」



出来るだけ優しい声で語りかける。



「怖い記憶は全て夢。現実じゃない。そんなものは忘れて、生きている人のために戦おう」



ラプラスが発動する。

衛士達の脳内をサーチして、恐怖の対象と思われる部分を見つける。それなを握り潰す。そこには大切な思い出や、亡くなった人達の思い出もあった。けど、それは元々無かったかのように扱われて、彼女達は戦場の華になるだろう。



「忘れろ」



衛士達は意識を失う。そして目覚めると、どこかすっきりした顔でこちらを見てきた。



「みんな、ちょっと疲れていたみたいだね。よく睡眠と食事を摂ったらまた戦えるようになるから頑張ろう!」



はい! と衛士達は返事をした。

訓練校の教導官はありがとうございます、これでまた戦えますと喜んで真昼に好意を向けてきた。

人の記憶を操作して戦わせるのがどれだけ残酷なことか、梨璃にはもう分からなくなっていた。



夢を見る。

その日は横浜衛士訓練校全体が浮ついたムードだった。その日はバレンタインデー。一般的に日本では女性が男性に渡す習慣が根強いが、横浜衛士訓練校は多国籍リリィの団体だ。



『好きな相手にチョコを渡す』という一点のみ。



真昼は自作チョコを早々に諦めた。あまりにも複雑で一人では作れる気がしなかったのだ。料理ができる知り合いにあてもない。

真昼は横浜衛士訓練校で手に入る一番の高級品チョコを買うと、時雨の部屋を訪ねた。



「やぁ、待っていたよ」

「同室の方は?」

「自分の想い人のところさ。気にしなくて良い」

「そうですか、では失礼して」



真昼と時雨は同じベットに座る。すると時雨は真昼を撫で回し始めた。



「時雨お姉様!?」

「良い匂いだ。横浜衛士訓練校全体がチョコの香りがするからかな、梨璃からもチョコの香りをする」

「そ、そうですか。あ、それでですね! チョコを持ってきたんです!」



真昼はバックから高級チョコを取り出した。



「本当は一から作りたかったんですけど、難しくて。だから時雨お姉様のお口に合うものをご用意しました」



それを見て時雨は笑い出した。



「あっははは、はは」

「ど、どうしたんですか?」

「いや、ボクも湯煎という言葉を知ったのがつい先日でね。手作りはできなかったんだ。だから、これ」



時雨が差し出したのは真昼と全く同じ高級チョコだった。

それに思わず真昼も笑ってしまった。



「被ってるじゃないですか!? あはははっ」

「まさかこんな事になるとは、ふふふ、こんな事もあるだねぇ。お茶を淹れよう。緑茶で良いかい?」

「はい、大丈夫です」



二人は会話に華を咲かせながらバレンタインデーを楽しんだ。



夢を見る。

それは戦時教導員として他の訓練校に誘致され、教導官をしていた時の記憶だ。そこでは複数の訓練校が合同で召集され、ベテランの衛士から指導を受けるという仕組みになっていた。

外征中の突発的な共同戦線の練習、と言う名目だ。

箱根の序列一位と、東京のトップ2が組んだ優秀なチームを教える事になっていた。



真昼は射撃をしながら叫んだ。



「回避が遅い! 敵が攻撃の兆候を見せたらすぐに射線を予測して回避準備をして! 攻撃されてからじゃあ遅い!!」



真昼はブレードモードで神庭の衛士達と切り結ぶ。その度に衛士達は大きく弾き飛ばされ、どんどん追い込まれていく。真昼のパワーが圧倒しているのだ。



「攻撃を受けるな! 回避して! ギガント級の攻撃を受けたら戦術機が壊れる! 戦術機が死んだらもうただの囮しかできない! 回避して切り込んで!」



三人は一度距離をとって、レアスキルを発動させた。



「攻防の刃!」

「攻防の刃!」

「ハイパーマニューバ!」



金髪の衛士が縮地と未来予測を複合させたスキルで強化、更に攻防の刃で攻撃と防御を強化して強引に切り込んでくる。真昼はそれを相手にせず、背後にいる射撃で援護体制に入っていた二人に接近する。また射撃モードで背後の金髪の衛士への牽制も忘れない。



「距離を取って、前衛を置いても安心するな! デストロイヤーの挙動は常に予想外の行動をとる!」



真昼は戦術機を手放し、拳で銀髪の衛士を殴りつけ、そのまま足で青髪の衛士を蹴り飛ばした。そして戦術機を奪い取り、金髪の衛士に投げつける。

金髪の衛士がそれを気を取られているうちに、真昼は自分の戦術機を拾って、金髪の衛士に切り掛かる。



「前衛なら背後に敵を抜かせない! 常に妨害し続ける事を意識して!! 倒さなくても良い! 倒すのは援護射撃でもできるんだから!」



金髪の衛士と真昼は接近戦と中距離戦を繰り広げた後、真昼の回し蹴りがヒットして戦いは終わった。

倒れる三人に向かって真昼は言う。



「判断が遅い! 役割を理解してない! スキルを使うタイミングが間違ってる! 貴方達は本気でデストロイヤーを倒す気があるの!? 貴方達を倒した私だってギガント級一匹に及ばない! そんな力量で戦場に出るなら衛士をやめなさい! 仲間を無駄に死なせるだけだよ!」



優秀と呼ばれていた三人は真昼の言葉に呆然としていた。真昼はこの時、時雨を失ったばかりで苛立っていたのだ。弱い衛士が自分を見ているようで気持ちが悪かった。

そもそもギガント級は一人で倒すものではない。戦うものでもない。9人で戦うものだ。だから真昼の主張は間違っているのだが、戦場では数が揃っていない時にギガント級と遭遇する事はあり得る話だ。だから公然と真昼を批判出来る者もいない。



「倒せないなら時間を稼げ! 戦えないなら仲間の壁になれ! 衛士は常に行動しなければいけない!」



真昼は目を覚ました。

瞳からは大量の涙が溢れており、枕を濡らしていた。真昼は同室の祀を起こさないようにベットから抜け出すと、机に立てかけてある写真に触れた。

時雨が死ぬ直前の任務の前に撮った写真だ。二人で仲良く肩を寄せ合って笑っている。あれが心の底から笑えた最後の日だった。

引き出しを開けて、銀のペンギンのペンダントを取り出す。

水族館で買ってもらったおみあげだ。



「時雨お姉様、お慕い申し上げています。今もなお、この想いは変わりません。ずっとずっと。梨璃の中にあります。声を聞かせてくれませんか?」



宙に話しかけても美鈴の幻覚は現れない。



「全く、ひどい人ですね。お姉様」



時雨ならこういう時、ハムレットから引用してこう言うだろう。

『たとえ幾千幾万の兄があり、その愛情すべてを寄せ集めたとしても、おれ一人のこの愛には、到底、およぶまい』