自室に戻った葉風は静かな部屋で少し悲しい気持ちになった。
愛花がレギオンに加入して自分から離れてしまうというのは予想外に精神にダメージを与えていた。愛花は厳しいが、優しいところが温かく居心地が良かった。
人付き合いが苦手の葉風にも、気を遣ってくれた。
(ダメだな、私)
一人なった、
クラスメイトとは合わず、唯一近しい相手だった愛花はレギオンで忙しくなる。一人ぼっちだ。人目を避けて横浜衛士訓練校にきたのに何も変わっていない自分が嫌になってくる。
「これから、どうしようかな」
口に出して呟く。
横浜衛士訓練校においては自分は特質して優れた生徒ではない。故郷のアイルランドでは準優秀くらいだったが、横浜衛士訓練校は引き抜き主義と呼ばれるくらいに他の学校から優秀な生徒を集めて競わせている。
葉風はただの社交性のないリリィに過ぎない。
成績は平均以上はある。だからどこかのレギオンに加入することはできるだろう。しかしだからといって何をしたいかという展望はない。
「私には何もない」
誰もが自分以上のものを持っている。
環境が変われば自分も変われると思っていたのが甘い現実だと突きつけられて絶望感が襲ってきた。
「私って、なんてダメな子」
夜になっても愛花は帰って来なかった。恐らくレギオンのみんなと話が盛り上がっているのだろう。風間・J・アインツのような優秀な生徒もあのレギオンにあるのだ。神琳も話が合うことだろう。
『彼女はただの付き添いです』
その明確な拒絶の言葉を、葉風は反芻していた。
翌日、何も考えず外を歩いていると、柊シノアと遭遇した。
シノアは葉風の暗い顔を察して、会話に誘った。庭のベンチに座る。
「滝川葉風さん、でよかったかしら?」
「うん。柊シノアさん、だよね」
「ええ、その通りよ」
そこで会話が途切れる。
葉風は会話下手だ。そして焦ると顔に皺がよって怒ってしまうと勘違いされしまう。葉風は焦りだけが心を満たしていた。
「私、会話が苦手なの」
シノアが言った。
「人に頼み事する時は、恥ずかしさと申し訳なさで目を見れないし、人を頼ることも苦手。全部自分でやろうとして失敗したことが何度もあるの」
それは葉風も同じだった。
「もしかして、と思ったのだけれど、貴方もそうじゃないかしら?」
シノアは薄く笑って指を刺す。
葉風は俯いたまま頷いていた。
「そうなの。私も、会話が苦手で。顔も怒ってるって思われちゃって」
「性格も内向的で自罰的なんじゃないかしら。自分なんてダメな子って思っている」
思っていることを言い当てられて葉風は驚いてシノアの顔を見る。
「何故って顔をしているわね」
「うん、本当に、そうだから」
「私もだからよ。私は駄目、人に頼るのはプライドが許さない、不器用なそんな人間だから、葉風さんを見た時ピンときたわ。これは同じだって」
「シノアさんは凄いよ。自分の目標のためにレギオンを作ろうとしているんだから」
「そうね。私は真昼様と姉妹誓約の契りを交わす為に頑張っているわ。認めてもらう為に努力している」
「すごいよ、私にはできない」
「葉風さん、貴方は万能でなければならない、と思っているでしょう?」
「万能?」
「そう。成績優秀で、社交的で、あと色々。たぶん周りが優秀な環境だったのでしょう。できるのが当たり前だと思ってる。だけどね、人は出来ないこともあるのよ」
シノアは服を服を脱ぎだした。慌てる葉風だったが、そこには包帯が巻かれていた。
「これは、つい最近あった事故の傷よ。貴方も目撃していたはず」
「うん、現場にいた」
「私が尊敬する真昼様は、多くの絶望的な戦況を覆し、リリィを救い、デストロイヤーを倒してきた。人当たりも良く、好意的な人が多い。だけど偶にはこういう事故やミスもする。ただの、人なのよ」
「……」
「欠点があるから尊敬しないことにはならない。優れているから尊敬する理由にはならない。人は協力していく生き物なのよ。欠点と長所があって、お互いに補い合う。それを見つけていく。真昼様はそれを見失っている。だから私は梨璃様を補う存在になりたい。だから真昼様の志を共にするレギオンを作ることに決めた」
葉風はその言葉に何も言えなかった。ただ漫然と衛士をしている自分とは違うと感じていた。
「葉風さん、貴方の長所を認めなさい。貴方の短所を埋めてもらいなさい。自分の力を正当に評価する努力をしましょう。そうすれば貴方はとても良くなると思うの」
「自分の力を、正当に」
「射撃、見事な腕だったわ。レギオンに欲しいくらい。ここで、貴方を誘ってレギオンに入れるのは簡単よ。だけど、それでは貴方はそのままよ。まずは愛花さんに話して見て、そこで貴方はどうするのか、それを知りたいわ」
それと同時に鐘が鳴り響き、授業開始5分前であることを告げる。
「私ばかり喋ってしまってごめんなさいね。もし縁があればまた」
「うん、また」
翌日の訓練時間。この日は葉風一年生は教導官の指導のもと各々長距離射撃訓練を行なっていた。
「デストロイヤーとの戦闘の際にはポイントマンを置く余裕は少ないわ。狙撃の際にも警戒を怠らないで」
葉風は射撃訓練が得意だった。誰にも邪魔されない世界は葉風の集中力を高めて高いパフォーマンスを発揮できる。
一番遠い的に命中させて、息を吐く。
そこに愛花がやってくる。
「流石ですね、葉風さん」
「い、いやそんな、愛花ならすぐに私なんか超えられるよ」
「謙遜するものではありませんよ、葉風さんの射撃の腕は確かなものです」
(でも、貴方のレギオンに欲しいとは思わないんでしょう?)
葉風は意地悪なことを考えたことに罪悪感を覚える。
そこで教導官が愛花に声をかけた。
「愛花、お前もう入るレギオンは決まっているのか?」
「はい。レギオンは決まっております」
「そうか、もし入るレギオンがなかったら斡旋してやらうと考えていたんだが、杞憂だったか」
「ありがとうございます」
その言葉に葉風は神琳を見る。
(愛花は教導官にもレギオンのことを心配してもらえるんだ。やっぱり、凄い)
愛花は天才だと葉風は思っていた。今までもそうだった。必死で覚えてきたことをたった数日で抜き去られる。自分の努力がまるで無駄かのような虚無感。
そしてそんな天才の中でも愛花は上位に位置すると葉風は考えていた。
「愛花はすごいね。レギオンの斡旋の話が来るなんて」
「いえ、そんなことは。葉風さんこそ、レギオンからの勧誘はないんですか?」
その言葉がずきりと胸を痛ませる。
「葉風さん?」
「どこにも誘われなかったら、愛花と同じレギオンに入って良い?」
「え?」
「私、人付き合いとか苦手だし、下手だから、本当はあの時、愛花と同じレギオンに入ろうと思ったの」
声が震える。しかし言ってしまったものはどうしようもない。少しでも魅力的に見せようと自分を精一杯アピールする。
「私、狙撃なら少しだけ得意だよ。愛花も褒めてくれたし。シノアさんとも話して良い人だなって思えたし」
「人付き合いが苦手だから、下手だから、仲の良い私と同じレギオンに入る、なんて考えではやめた方がよろしくてよ」
「えっ?」
愛花の声は聞いたほど無いほどに冷たかった。
「失礼ながら葉風さんはご自分の道を真剣に考えてないのではありませんか? ただ流されるまま衛士をやっているように見えます。レギオンの活動ではデストロイヤーと戦います。真昼様のレギオンですから散発的な任務ではなく、不利な戦況をひっくり返す逆転の一手として投入されるでしょう。そんな時に、今の葉風さんに背中を預けたいとは思いません」
それは正論だった。
真昼のレギオン。それは初代アールヴヘイムとして名を馳せ、今も臨時補充隊員として脅威的な戦果を上げ続けた者に集うレギオンなのだ。何の覚悟も能力もなく入って良いレギオンでは無い。
命を預かる仲間として、今の葉風では不適合だと愛花は判断を下したのだ。
「ごめん、忘れて」
才能が違う。
覚悟が違う。
努力の量が違う。
知識が違う。
心構えが違う。
明確な拒絶。
涙で滲みそうになるのを必死で堪えながら、背中を向けた。一言紡いだ声は感情が溢れ出し、震えた声しか発することはできなかった。
愛花がレギオンに加入して自分から離れてしまうというのは予想外に精神にダメージを与えていた。愛花は厳しいが、優しいところが温かく居心地が良かった。
人付き合いが苦手の葉風にも、気を遣ってくれた。
(ダメだな、私)
一人なった、
クラスメイトとは合わず、唯一近しい相手だった愛花はレギオンで忙しくなる。一人ぼっちだ。人目を避けて横浜衛士訓練校にきたのに何も変わっていない自分が嫌になってくる。
「これから、どうしようかな」
口に出して呟く。
横浜衛士訓練校においては自分は特質して優れた生徒ではない。故郷のアイルランドでは準優秀くらいだったが、横浜衛士訓練校は引き抜き主義と呼ばれるくらいに他の学校から優秀な生徒を集めて競わせている。
葉風はただの社交性のないリリィに過ぎない。
成績は平均以上はある。だからどこかのレギオンに加入することはできるだろう。しかしだからといって何をしたいかという展望はない。
「私には何もない」
誰もが自分以上のものを持っている。
環境が変われば自分も変われると思っていたのが甘い現実だと突きつけられて絶望感が襲ってきた。
「私って、なんてダメな子」
夜になっても愛花は帰って来なかった。恐らくレギオンのみんなと話が盛り上がっているのだろう。風間・J・アインツのような優秀な生徒もあのレギオンにあるのだ。神琳も話が合うことだろう。
『彼女はただの付き添いです』
その明確な拒絶の言葉を、葉風は反芻していた。
翌日、何も考えず外を歩いていると、柊シノアと遭遇した。
シノアは葉風の暗い顔を察して、会話に誘った。庭のベンチに座る。
「滝川葉風さん、でよかったかしら?」
「うん。柊シノアさん、だよね」
「ええ、その通りよ」
そこで会話が途切れる。
葉風は会話下手だ。そして焦ると顔に皺がよって怒ってしまうと勘違いされしまう。葉風は焦りだけが心を満たしていた。
「私、会話が苦手なの」
シノアが言った。
「人に頼み事する時は、恥ずかしさと申し訳なさで目を見れないし、人を頼ることも苦手。全部自分でやろうとして失敗したことが何度もあるの」
それは葉風も同じだった。
「もしかして、と思ったのだけれど、貴方もそうじゃないかしら?」
シノアは薄く笑って指を刺す。
葉風は俯いたまま頷いていた。
「そうなの。私も、会話が苦手で。顔も怒ってるって思われちゃって」
「性格も内向的で自罰的なんじゃないかしら。自分なんてダメな子って思っている」
思っていることを言い当てられて葉風は驚いてシノアの顔を見る。
「何故って顔をしているわね」
「うん、本当に、そうだから」
「私もだからよ。私は駄目、人に頼るのはプライドが許さない、不器用なそんな人間だから、葉風さんを見た時ピンときたわ。これは同じだって」
「シノアさんは凄いよ。自分の目標のためにレギオンを作ろうとしているんだから」
「そうね。私は真昼様と姉妹誓約の契りを交わす為に頑張っているわ。認めてもらう為に努力している」
「すごいよ、私にはできない」
「葉風さん、貴方は万能でなければならない、と思っているでしょう?」
「万能?」
「そう。成績優秀で、社交的で、あと色々。たぶん周りが優秀な環境だったのでしょう。できるのが当たり前だと思ってる。だけどね、人は出来ないこともあるのよ」
シノアは服を服を脱ぎだした。慌てる葉風だったが、そこには包帯が巻かれていた。
「これは、つい最近あった事故の傷よ。貴方も目撃していたはず」
「うん、現場にいた」
「私が尊敬する真昼様は、多くの絶望的な戦況を覆し、リリィを救い、デストロイヤーを倒してきた。人当たりも良く、好意的な人が多い。だけど偶にはこういう事故やミスもする。ただの、人なのよ」
「……」
「欠点があるから尊敬しないことにはならない。優れているから尊敬する理由にはならない。人は協力していく生き物なのよ。欠点と長所があって、お互いに補い合う。それを見つけていく。真昼様はそれを見失っている。だから私は梨璃様を補う存在になりたい。だから真昼様の志を共にするレギオンを作ることに決めた」
葉風はその言葉に何も言えなかった。ただ漫然と衛士をしている自分とは違うと感じていた。
「葉風さん、貴方の長所を認めなさい。貴方の短所を埋めてもらいなさい。自分の力を正当に評価する努力をしましょう。そうすれば貴方はとても良くなると思うの」
「自分の力を、正当に」
「射撃、見事な腕だったわ。レギオンに欲しいくらい。ここで、貴方を誘ってレギオンに入れるのは簡単よ。だけど、それでは貴方はそのままよ。まずは愛花さんに話して見て、そこで貴方はどうするのか、それを知りたいわ」
それと同時に鐘が鳴り響き、授業開始5分前であることを告げる。
「私ばかり喋ってしまってごめんなさいね。もし縁があればまた」
「うん、また」
翌日の訓練時間。この日は葉風一年生は教導官の指導のもと各々長距離射撃訓練を行なっていた。
「デストロイヤーとの戦闘の際にはポイントマンを置く余裕は少ないわ。狙撃の際にも警戒を怠らないで」
葉風は射撃訓練が得意だった。誰にも邪魔されない世界は葉風の集中力を高めて高いパフォーマンスを発揮できる。
一番遠い的に命中させて、息を吐く。
そこに愛花がやってくる。
「流石ですね、葉風さん」
「い、いやそんな、愛花ならすぐに私なんか超えられるよ」
「謙遜するものではありませんよ、葉風さんの射撃の腕は確かなものです」
(でも、貴方のレギオンに欲しいとは思わないんでしょう?)
葉風は意地悪なことを考えたことに罪悪感を覚える。
そこで教導官が愛花に声をかけた。
「愛花、お前もう入るレギオンは決まっているのか?」
「はい。レギオンは決まっております」
「そうか、もし入るレギオンがなかったら斡旋してやらうと考えていたんだが、杞憂だったか」
「ありがとうございます」
その言葉に葉風は神琳を見る。
(愛花は教導官にもレギオンのことを心配してもらえるんだ。やっぱり、凄い)
愛花は天才だと葉風は思っていた。今までもそうだった。必死で覚えてきたことをたった数日で抜き去られる。自分の努力がまるで無駄かのような虚無感。
そしてそんな天才の中でも愛花は上位に位置すると葉風は考えていた。
「愛花はすごいね。レギオンの斡旋の話が来るなんて」
「いえ、そんなことは。葉風さんこそ、レギオンからの勧誘はないんですか?」
その言葉がずきりと胸を痛ませる。
「葉風さん?」
「どこにも誘われなかったら、愛花と同じレギオンに入って良い?」
「え?」
「私、人付き合いとか苦手だし、下手だから、本当はあの時、愛花と同じレギオンに入ろうと思ったの」
声が震える。しかし言ってしまったものはどうしようもない。少しでも魅力的に見せようと自分を精一杯アピールする。
「私、狙撃なら少しだけ得意だよ。愛花も褒めてくれたし。シノアさんとも話して良い人だなって思えたし」
「人付き合いが苦手だから、下手だから、仲の良い私と同じレギオンに入る、なんて考えではやめた方がよろしくてよ」
「えっ?」
愛花の声は聞いたほど無いほどに冷たかった。
「失礼ながら葉風さんはご自分の道を真剣に考えてないのではありませんか? ただ流されるまま衛士をやっているように見えます。レギオンの活動ではデストロイヤーと戦います。真昼様のレギオンですから散発的な任務ではなく、不利な戦況をひっくり返す逆転の一手として投入されるでしょう。そんな時に、今の葉風さんに背中を預けたいとは思いません」
それは正論だった。
真昼のレギオン。それは初代アールヴヘイムとして名を馳せ、今も臨時補充隊員として脅威的な戦果を上げ続けた者に集うレギオンなのだ。何の覚悟も能力もなく入って良いレギオンでは無い。
命を預かる仲間として、今の葉風では不適合だと愛花は判断を下したのだ。
「ごめん、忘れて」
才能が違う。
覚悟が違う。
努力の量が違う。
知識が違う。
心構えが違う。
明確な拒絶。
涙で滲みそうになるのを必死で堪えながら、背中を向けた。一言紡いだ声は感情が溢れ出し、震えた声しか発することはできなかった。