毎年この季節になると、雨が降り続ける。
まるでこの世界が、大粒の涙を間断なく流しているように……。

どうしてなんだろうか?

あっしには、難しいことはよく分からない。
女将さんなんかは、そんなことには微塵も気を払わず、
あっしら遊女をどう売りさばくか、常に思いふけっている。

かといって、宿に出入りしている商人のお方に聞くと、
それらしい答えからけったいな答えまで、色々な答えが返ってくる。

皆目見当がつかないという、商人らしくからぬ正直な答えを返すお方もいれば、神様の悪戯とかいいはじめる方々もいる。

どれが本意かは、恐らく誰にもわかりはしないだろう。

五月雨が降り始める季節になると、
あっしは毎年複雑な心情になってしまう。

それは、決して雨が降り続く季節が嫌だというわけではない。
むしろ、五月雨は愛おしいほどに待ち望んでいるといっても、
決していい間違えているとは言えないだろう。

毎日お昼頃に起きて、空から水が降ってきているのがわかると、
ついつい心が安らぐような気がする。



水滴が屋根にあたってはじけ散っている。

雨粒が地面にたたきつけられる音と、屋根ではじける音。
この二つの音が見事なまでの旋律を奏でていて、
聞いていて、これほど心地が良くなる音なんてのは、どこを探してもはないだろう。

はかなくて、それでも少しだけ強くいようとしている……。

雨音を聞いていると、なぜだかそんな人を思い浮かべてしまう。




遊郭に身を置いているということは、少なくとも人前に出ているときは、それはもう豪華な外見を作り上げていかなくてはいけない。

当然、身にまとっている派手で色鮮やかな着物一枚でもかなり値が張る。
特に、花魁なんかになると余計に。

あっしらが問屋から直接買っているわけではないから、
詳しい値段はわからない。

けれども、そこらの女中が来ている質素な着物と比べてみると、たとえ目が節穴であったとしても、その違いは一目瞭然だろう。

こんなに仕立ての良いモノを身にまとえるというのは、とても幸せなことだし、幸運なことだとつくづく感じる。

けれど、身に着けている間は、どうも心が落ち着かないというのも本当のところだ。

こんなことを言ってしまうとバチがあたってしまうかもしれないけれど、
身にまといたくて、身にまとっているわけではない。

本当のところ、もう少し控えめな柄のでもいいんじゃないかとすら思う。

ただ、殿方が宿に支払う金額を考えると、そうもいかないという理屈もわからなくはない。

そういう商売をしているからこそ、着ている着物が一枚だけというわけにはいかないし、かといって、何人もの遊女で交換しながら身にまとうワケにもいかない。

こんなにも仕立てのいい着物をそれなりの枚数をそろえるとなると、きっと下手な家くらいだったら、買えてしまうのではないだろうか。

そんな貴重で、価値が高い着物。

雨水で濡れて、ダメにでもなってしまっては、大変なことになってしまう。

だから、宿の人々は雨が余計に嫌いなんだろう。
もっと言ってしまえば、雨が降ると客足も遠のいてしまうからねぇ……。

あっしらがこんなことを口にするのは御法度だけれども、だからこそ雨の日に遊郭に来るのは、賢い殿方かもしれない。

他の方々がいつもより来ないから、遊女はいつもよりも暇ということ。
そのぶん、丁寧に・優しく接してくれる。

花魁くらいに敷居が高くなると、恐らく変わりはしないだろうし、
そもそも相手をできる殿方なんてのも限られてくるわけだけど……



陽が遠く彼方に沈んでも、五月雨を運ぶ雲は、まだ昇ったまま。
雨の中おいでになる殿方は、相当の女ったらしかロクでなし……。

それでも、そこまでしておいでになってくれる殿方の中には、なかなか粋な殿方もいらっしゃる。

こんなのは自慢にもならないけれど、
遊女というのは、それはもうたくさんの殿方の体を見てきている。

雨の日においでになる殿方に限って、なかなか体つきのよい殿方が来たりすることが多い気がする。

いうなれば、水も滴るいい男。
殿方の裸を見慣れているあっしらでも、思わず二度見してしまう。

もちろん、世間一般のお人からすれば、なんて下品だろうと思うだろう。


これだから遊女ってのは。

春を売っているような低俗な女に金銭を渡す殿方を、そんなふしだらな目で見ているなんて……。


そんなことを言われるのが関の山かもしれない。

けれども、あっしら遊女は自由な恋愛ができない。

そんな殿方のお相手をする以外には、男性とは関係を持てない。

世間ではほとんどのお方が手に入れることができるであろう幸せな婚姻を結ぶことも、その先の言葉にできないような幸福に満ち溢れた生活を伊緒来ることすらもかなわないのに……。



そんなあっしらのことなんか気にもせず、
五月雨は今日もシトシトと降り続いている。

この中を、傘もささずに歩ければ、さぞ気持ちいだろうな……。