「……え?」
意外な展開に、頭が追いつかない。
どういう状況なのか理解できないまま、私はとりあえず、路上に座り込んだまま彼を待つ。
小瀬川くんは、わりとすぐに出てきた。カフェの制服から、ブレザーに濃緑のネクタイの、学校の制服に着替えている。
きょとんとしていると、「それ」と小瀬川くんがぶっきらぼうに私の肩を顎で示す。
「貸して」
「……え?」
肩にかかってるのは、光の入院道具をいれたボストンバッグで、彼が何を求めているのか理解できない。
困惑していると、しびれを切らしたのか、小瀬川くんが勝手に私の肩からボストンバッグを奪ってしまった。そして、代わりに
自分の肩にかける。
百八十センチを超えている彼の肩にあると、百五十二センチの私の肩ではあれほど大きく感じたボストンバッグが、なんだか小さく見えた。
「立って。帰るんだろ?」
「……あ、うん」
そのとき、小瀬川くんは代わりにバッグを持ってくれたんだと私はようやく理解した。
優しく助けてくれたかと思えば冷たくなり、また優しくなるなんて。
コロコロ変わる彼の態度が理解できなくて、困惑してしまう。
「……いいよ。なんか悪いし」
「また倒れられたら困るから」
そう言うと、小瀬川くんは私をその場に残して、先に歩き出した。
「え? 待って……」
慌てて、彼の背中を追いかける。小瀬川くんは歩調を緩めないまま、迷わずバス停で足を止めた。
「……小瀬川くんもこのバスなの?」
「そう」
知らなかった。だとしたら、小瀬川くんのバイトと私が光のお見舞いに行く時が重なったとき、バスが一緒だったことがあるかもしれない。
小瀬川くんは、まるで私の心を読んだみたいにボソリと言い放つ。
「バスで、何度も見たことあるから。……水田さんのこと」
名前を呼ばれたことにドキッとして、思わず隣に立つ小瀬川くんを見た。
同じクラスなんだから、名前くらい知ってるのが当たり前だけど、クラスメイトに興味がなさそうな彼の口から出たのが意外だったんだ。
きっと、私が病院に行っていたことも、知ってるんだろう。
どうして病院に行ってるのか聞かれると思ったけど、小瀬川くんはそれ以上何も言ってはこなかった。
数分後に到着したバスに、ふたりで乗り込む。バスはガラガラで、私は乗ってすぐのところにあるひとり席に座った。小瀬川くんは、私から通路を隔てた、ふたり席に座る。
小瀬川くんはなにも話さない。
私も、なにを話したらいいのか分からない。
バスのエンジン音と、ドアの開閉する音、そして車窓さんのアナウンスだけが、繰り返し響いていた。小瀬川くんは窓の方を見て、私を見ようともしない。
通路を隔てているとはいえ一応隣同士だし、さすがに気まずい。
「……あの」
バスに乗って十分くらい経ったところで声を掛けると、小瀬川くんはようやくこちらに目を向けた。
「バイト、いつからしてるの?」
小瀬川くんはすぐに私から視線を逸らすと、「一年くらい前」とどうでもいいことのように答えた。
「先生には、言わないで。バイトしてること」
「……分かってる。心配しないで」
私の返事を聞くと、小瀬川くんはまた窓の外に顔を向けてしまった。
やがて、最寄りのバス停に近づく。
「次、降りるから」
そう言うと、小瀬川くんはずっと持ってくれていたボストンバッグを、差し出してくる。
「これ、返す」
「……ありがとう。助けてくれて、荷物まで運んでくれて」
お礼を言ったけど、小瀬川くんは「ああ」とそっけなく答えただけだった。
小瀬川くんを乗せたバスは、扉を閉めると、すぐに出発した。窓越しに見える、こちらを見向きもしない彼のシルエットが、だんだん見えなくなる。
やがてバスは、青信号の連なる闇の向こうへと、溶け込むように消えていった。
意外な展開に、頭が追いつかない。
どういう状況なのか理解できないまま、私はとりあえず、路上に座り込んだまま彼を待つ。
小瀬川くんは、わりとすぐに出てきた。カフェの制服から、ブレザーに濃緑のネクタイの、学校の制服に着替えている。
きょとんとしていると、「それ」と小瀬川くんがぶっきらぼうに私の肩を顎で示す。
「貸して」
「……え?」
肩にかかってるのは、光の入院道具をいれたボストンバッグで、彼が何を求めているのか理解できない。
困惑していると、しびれを切らしたのか、小瀬川くんが勝手に私の肩からボストンバッグを奪ってしまった。そして、代わりに
自分の肩にかける。
百八十センチを超えている彼の肩にあると、百五十二センチの私の肩ではあれほど大きく感じたボストンバッグが、なんだか小さく見えた。
「立って。帰るんだろ?」
「……あ、うん」
そのとき、小瀬川くんは代わりにバッグを持ってくれたんだと私はようやく理解した。
優しく助けてくれたかと思えば冷たくなり、また優しくなるなんて。
コロコロ変わる彼の態度が理解できなくて、困惑してしまう。
「……いいよ。なんか悪いし」
「また倒れられたら困るから」
そう言うと、小瀬川くんは私をその場に残して、先に歩き出した。
「え? 待って……」
慌てて、彼の背中を追いかける。小瀬川くんは歩調を緩めないまま、迷わずバス停で足を止めた。
「……小瀬川くんもこのバスなの?」
「そう」
知らなかった。だとしたら、小瀬川くんのバイトと私が光のお見舞いに行く時が重なったとき、バスが一緒だったことがあるかもしれない。
小瀬川くんは、まるで私の心を読んだみたいにボソリと言い放つ。
「バスで、何度も見たことあるから。……水田さんのこと」
名前を呼ばれたことにドキッとして、思わず隣に立つ小瀬川くんを見た。
同じクラスなんだから、名前くらい知ってるのが当たり前だけど、クラスメイトに興味がなさそうな彼の口から出たのが意外だったんだ。
きっと、私が病院に行っていたことも、知ってるんだろう。
どうして病院に行ってるのか聞かれると思ったけど、小瀬川くんはそれ以上何も言ってはこなかった。
数分後に到着したバスに、ふたりで乗り込む。バスはガラガラで、私は乗ってすぐのところにあるひとり席に座った。小瀬川くんは、私から通路を隔てた、ふたり席に座る。
小瀬川くんはなにも話さない。
私も、なにを話したらいいのか分からない。
バスのエンジン音と、ドアの開閉する音、そして車窓さんのアナウンスだけが、繰り返し響いていた。小瀬川くんは窓の方を見て、私を見ようともしない。
通路を隔てているとはいえ一応隣同士だし、さすがに気まずい。
「……あの」
バスに乗って十分くらい経ったところで声を掛けると、小瀬川くんはようやくこちらに目を向けた。
「バイト、いつからしてるの?」
小瀬川くんはすぐに私から視線を逸らすと、「一年くらい前」とどうでもいいことのように答えた。
「先生には、言わないで。バイトしてること」
「……分かってる。心配しないで」
私の返事を聞くと、小瀬川くんはまた窓の外に顔を向けてしまった。
やがて、最寄りのバス停に近づく。
「次、降りるから」
そう言うと、小瀬川くんはずっと持ってくれていたボストンバッグを、差し出してくる。
「これ、返す」
「……ありがとう。助けてくれて、荷物まで運んでくれて」
お礼を言ったけど、小瀬川くんは「ああ」とそっけなく答えただけだった。
小瀬川くんを乗せたバスは、扉を閉めると、すぐに出発した。窓越しに見える、こちらを見向きもしない彼のシルエットが、だんだん見えなくなる。
やがてバスは、青信号の連なる闇の向こうへと、溶け込むように消えていった。