いじめられているわけではない。ひどいことを言われたわけでもない。ただ、ふたりの仲に入れないだけ。
それだけだ。こんなこと、大したことない。
世の中、もっと深刻な悩みを抱えている人は山ほどいる。
繰り返し、自分にそう言い聞かせた。
大丈夫、大丈夫だと、暗示のように言い聞かせた。
だけど日に日に食欲がなくなって、何をしていても心から笑えることがなくなった。
テレビを見ていても、ただの中身のない映像に見えるだけ。
学校に行く時間になると、胸の奥に鉛が沈んだみたいに重くなって、ときには吐き気すらした。
分かってる。自分が変わればいいんだ。
明るく演じて、美織と杏に好かれるような人間になればいい。
それは思うんだけど、どうしてもできなくて。
無能な自分を、繰り返し責め立てた。
悪いのは、全部自分なんだ……。
「どこか具合でも悪いの?」
ある朝、洗面所で吐き気を堪えていると、お母さんにそう声をかけられた。
「……え?」
ドキッとした。こんなことで、お母さんを困らせてはいけない。
女手ひとつで家族を支えているお母さんは、気苦労が絶えないのだから。
私は、お母さんに悲しい顔を見せてはいけない。
「……別に、なんでもないよ」
「そう? 顔が白いけど。熱でもあるのかしら」
お母さんは私のおでこに手を当てて、「別になさそうね」と首を捻っている。
「生理前だからかな? 大丈夫だから、心配しないで」
できるだけ自然に笑って見せると、お母さんは納得したのか「ならいいけど」と表情を緩めた。
「じゃあ、今日もお仕事遅くなるから、光のお見舞いお願いね。あさって退院だから、荷物をまとめといて欲しいの」
「分かった。ちゃんとやっとくから、心配しないで」
「ありがとう、助かるわ」
お母さんのホッとした笑顔を見て、うまく誤魔化せたことに安堵した。
「あら、もうこんな時間! じゃあ、行ってくるから。戸締りお願いね」
「はーい」
陽気に答え、笑顔でひらひらと手を振ると、カバンを肩にかけたお母さんは大慌てで玄関に向かった。グレーのパンツスーツの
背中が、ドアの向こうに消えていく。ハウスメーカーで働いているお母さんは、出勤時はいつもスーツを着ていた。
バタンと玄関扉の閉まる重厚な音が聞こえたあとで、私は張り付けていた笑みをスッと消した。
胸が重い。体がだるい。
でも、これは病気なんかじゃない。私に意気地がないだけ。
――だから、学校に行かなくちゃ。
それだけだ。こんなこと、大したことない。
世の中、もっと深刻な悩みを抱えている人は山ほどいる。
繰り返し、自分にそう言い聞かせた。
大丈夫、大丈夫だと、暗示のように言い聞かせた。
だけど日に日に食欲がなくなって、何をしていても心から笑えることがなくなった。
テレビを見ていても、ただの中身のない映像に見えるだけ。
学校に行く時間になると、胸の奥に鉛が沈んだみたいに重くなって、ときには吐き気すらした。
分かってる。自分が変わればいいんだ。
明るく演じて、美織と杏に好かれるような人間になればいい。
それは思うんだけど、どうしてもできなくて。
無能な自分を、繰り返し責め立てた。
悪いのは、全部自分なんだ……。
「どこか具合でも悪いの?」
ある朝、洗面所で吐き気を堪えていると、お母さんにそう声をかけられた。
「……え?」
ドキッとした。こんなことで、お母さんを困らせてはいけない。
女手ひとつで家族を支えているお母さんは、気苦労が絶えないのだから。
私は、お母さんに悲しい顔を見せてはいけない。
「……別に、なんでもないよ」
「そう? 顔が白いけど。熱でもあるのかしら」
お母さんは私のおでこに手を当てて、「別になさそうね」と首を捻っている。
「生理前だからかな? 大丈夫だから、心配しないで」
できるだけ自然に笑って見せると、お母さんは納得したのか「ならいいけど」と表情を緩めた。
「じゃあ、今日もお仕事遅くなるから、光のお見舞いお願いね。あさって退院だから、荷物をまとめといて欲しいの」
「分かった。ちゃんとやっとくから、心配しないで」
「ありがとう、助かるわ」
お母さんのホッとした笑顔を見て、うまく誤魔化せたことに安堵した。
「あら、もうこんな時間! じゃあ、行ってくるから。戸締りお願いね」
「はーい」
陽気に答え、笑顔でひらひらと手を振ると、カバンを肩にかけたお母さんは大慌てで玄関に向かった。グレーのパンツスーツの
背中が、ドアの向こうに消えていく。ハウスメーカーで働いているお母さんは、出勤時はいつもスーツを着ていた。
バタンと玄関扉の閉まる重厚な音が聞こえたあとで、私は張り付けていた笑みをスッと消した。
胸が重い。体がだるい。
でも、これは病気なんかじゃない。私に意気地がないだけ。
――だから、学校に行かなくちゃ。