翌日は土曜日で、学校が休みだった。

病院の面会時間が始まるなりすぐに行けるよう、家を出る。

冬の空は、今日も澄んだ水色だ。

入院棟の一階でエレベーター待ちをしていると、通りかかった近藤さんが、急いでこちらに駆け寄ってきた。

「小瀬川くん、昨日の夜中に、目を覚ましたわよ。光君が会いたいって言ってたから、今朝連れて行ったの。光君、何度も謝って、二度とあんなことはしないと小瀬川くんに誓っていたわ」

「……そうなんですね。本当に、いろいろとありがとうございます」

私は、近藤さんに向けて、心から深々と頭を下げた。

よかった。桜人は、目を覚ましたんだ……。

光は昨日、自分のせいで桜人を傷つけたことを、ひどく後悔していた。逃げてばかりいるのはもうやめる、と言っていた。病気にも、自分を理解してくれない友達にも立ち向かうって――。

私は、力の限り光の支えになろうと思っている。

桜人が、身を呈して光を救ってくれたように。

「真菜ちゃんも、桜人くんのところに、早く行ってあげて。光君の容態は安定してるから、心配ないわ」

「わかりました」


急いで、五階にある桜人の病室に向かう。

真っ白なドアをノックすれば「はい」と中から声が返ってきた。

窓から燦燦と降り注ぐ光に照らされたベッドに、彼は横になっていた。

頬にガーゼをした昨日と同じ姿で、驚いたように私を見る。そして、気まずそうに視線を逸らした。

もう、怖くはなかった。

私は病室に足を踏み入れると、桜人に向けて頭を下げる。

ぎょっとしたように、桜人が再びこちらを見た。

「光を助けてくれて、ありがとう」

心からの気持ち込めて言うと、「やめろよ」と困惑したような声が返ってくる。

「悪いのは俺なんだ。光に、もう今までみたいに相手してやれないって言ったから……。光を追い込んでしまった。また自分のことしか考えてなくて、周りを傷つけた」

「相手してやれないって、どうして……?」

そういえば以前に、光がさっちゃんとうまくいってないとお母さんが言っていたことを思い出す。

「それは……」

桜人が、視線を上げて私を見る。

心が軋むほど、悲しげな目だった。

「俺が、真菜や、光の傍にいてはいけない人間だから……」

それから桜人は、うつむき、肩を震わせた。

「ごめん、真菜。ごめん……。悲しませてごめん……」

悲しみが伝染しそうなほど、苦しげな声だった。

細い糸のように頼りなく、今にも消え入りそうな声。

男の人が、こんな風に泣くのを初めて見た。

だけど私は、その姿を異様だとは思わなかった。

きっと彼は、今までも、心の中でずっと泣いていた。

むしろ、泣いている彼の方が、自然な姿なのだ。

彼はきっと、紡ぐ言葉と同じく、繊細な人だから。

「俺がいなかったら、真菜のお父さんは助かっていたかもしれないんだ……」

感極まっているのだろう。くわしい説明もなく、彼は心のままに懺悔を吐き出す。

「俺は、苦しんでる真菜を助けたかった。明るい方に、導いてあげたかった。だけどこれ以上そばにいたら、離れられなくなる気がして……。俺は、君の近くにいてはいけない存在なのに」

泣いている彼は、幼子のように小さく見えた。

そして同時に、たまらなく愛しいと思えた。

私はベッドまで歩み寄ると、桜人の身体を、そっと抱きしめた。

私よりもずっと背の高い桜人の背中は大きいから、すべては抱きつくせないけど、生まれて初めて芽生えたこの想いが伝わるように、きつく、きつく、抱きしめる。