日がすっかり沈み、窓の向こうが暗くなった頃、桜人のお父さんは現れた。
五十歳くらいの、スーツを着た背の高い男の人だった。整った顔立ちには、どこかしら桜人の面影がある。
「桜人……っ!」
白髪交じりの髪を振り乱し、桜人のお父さんがベッドに駆け寄る。
「大丈夫です、眠っているだけです。脳には異常が見られなかったし、怪我の具合がよくなり次第、退院になるでしょう」
彼と一緒に来た看護師さんが説明すると、桜人のお父さんは、幾分かホッとした顔を見せた。
それから、棒立ちになっている私に目を向ける。
「君は……?」
「桜人くんと同じクラスの、水田といいます」
慌てて頭を下げると、桜人のお父さんは訝しげな顔をした。
「クラスメイトが、なぜここに?」
「ごめんなさい。桜人くんは、私の弟を庇って窓から転落したんです」
声が、どうしようもなく震えた。
すると桜人のお父さんは「そうか、君の弟さんだったのか……」と落ち着いた声を出す。
ここに来るまでに、どうして桜人が転落したかは、聞いているようだった。
「君の弟さんは、入院しているんだろう? 桜人も、子供の頃は長い間入院しててね、つらい気持ちが分かったんだろう……」
桜人のお父さんが、切なげな眼差しを眠っている桜人に向ける。
長い沈黙が訪れた。桜人のお父さんは、神妙な顔で、眠る桜人をひたすらに見つめている。
皺の刻まれたその顔を見ていると、私などでは入り込めない、深い葛藤を感じた。
「……この子は、図書館の窓から飛んだんだろう?」
「……はい」
答えると、桜人のお父さんは少しだけ微笑んだ。
「桜人は、本が好きでね。子供の頃入院していたときは、ここの図書室に入り浸っていた。私も妻もいっぱいいっぱいでね……。悲しい思いをさせていたことを、今でも悔いている。本だけが、桜人の心の支えだったんだろう」
桜人のお父さんは、ためらいがちに桜人の顔へと手を伸ばした。
微かに、ほんの微かに、彼の指先が桜人の前髪を撫でる。
「この子の部屋には、おびただしい量のスケッチブックがあるんだ。だけど、この子は絵を描くわけじゃない。言葉をひたすらに書くんだよ。ときには詩を、ときには文章を」
ポツンと桜人のお父さんが言った。
「退院後は入院中とは違い、驚くほどできのいい子になったけど、心の中では孤独だったんだろう。本が、文字を書くことだけが、この子の支えだったんだろう。本当は私が、この子を支える立場にいなければならなかったのに。でもそんな孤独の中でも、君の弟さんの気持ちを思いやり救った息子を、誇りに思うよ」
五十歳くらいの、スーツを着た背の高い男の人だった。整った顔立ちには、どこかしら桜人の面影がある。
「桜人……っ!」
白髪交じりの髪を振り乱し、桜人のお父さんがベッドに駆け寄る。
「大丈夫です、眠っているだけです。脳には異常が見られなかったし、怪我の具合がよくなり次第、退院になるでしょう」
彼と一緒に来た看護師さんが説明すると、桜人のお父さんは、幾分かホッとした顔を見せた。
それから、棒立ちになっている私に目を向ける。
「君は……?」
「桜人くんと同じクラスの、水田といいます」
慌てて頭を下げると、桜人のお父さんは訝しげな顔をした。
「クラスメイトが、なぜここに?」
「ごめんなさい。桜人くんは、私の弟を庇って窓から転落したんです」
声が、どうしようもなく震えた。
すると桜人のお父さんは「そうか、君の弟さんだったのか……」と落ち着いた声を出す。
ここに来るまでに、どうして桜人が転落したかは、聞いているようだった。
「君の弟さんは、入院しているんだろう? 桜人も、子供の頃は長い間入院しててね、つらい気持ちが分かったんだろう……」
桜人のお父さんが、切なげな眼差しを眠っている桜人に向ける。
長い沈黙が訪れた。桜人のお父さんは、神妙な顔で、眠る桜人をひたすらに見つめている。
皺の刻まれたその顔を見ていると、私などでは入り込めない、深い葛藤を感じた。
「……この子は、図書館の窓から飛んだんだろう?」
「……はい」
答えると、桜人のお父さんは少しだけ微笑んだ。
「桜人は、本が好きでね。子供の頃入院していたときは、ここの図書室に入り浸っていた。私も妻もいっぱいいっぱいでね……。悲しい思いをさせていたことを、今でも悔いている。本だけが、桜人の心の支えだったんだろう」
桜人のお父さんは、ためらいがちに桜人の顔へと手を伸ばした。
微かに、ほんの微かに、彼の指先が桜人の前髪を撫でる。
「この子の部屋には、おびただしい量のスケッチブックがあるんだ。だけど、この子は絵を描くわけじゃない。言葉をひたすらに書くんだよ。ときには詩を、ときには文章を」
ポツンと桜人のお父さんが言った。
「退院後は入院中とは違い、驚くほどできのいい子になったけど、心の中では孤独だったんだろう。本が、文字を書くことだけが、この子の支えだったんだろう。本当は私が、この子を支える立場にいなければならなかったのに。でもそんな孤独の中でも、君の弟さんの気持ちを思いやり救った息子を、誇りに思うよ」