自分の世界に浸っているのか、どんなに呼んでも、光はうしろを振り返ろうとしない。

その身体は、窓の向こうに吸い込まれるかのごとく、少しずつ傾いていく。私は慌てて図書室内に足を踏み入れたけど、もう遅かった。

光の足が、窓枠から、あっけなく離れる――。

「……っ!」

何もかもが信じられなかった。どうしたらいいかも分からなかった。

ただ、光が窓から宙に放たれたという事実だけを、映像として受け止める。

――だけど、光はひとりじゃなかった。

私の何倍もの速さで窓に辿りついた桜人が、身を乗り出し、窓の外に飛び出したのだ。

抜けるように青い空の真ん中で、桜人が、光を大事そうに抱きしめる。

そしてふたりは、そのままあっという間に姿を消した。

バキッのようなドサッのような大きな音が、どこからともなく鳴り響く。

「きゃああ!」と、どこかで悲鳴が聞こえた。

「人が落ちたぞ!」「子供だ! 子供が落ちた!」

膝から下に力が入らなくなって、私はその場に、がっくりと崩れ落ちた。

何もかもを、信じたくなかった。

何もかもが、嘘であって欲しかった。

「なんてこと……!」

すぐ近くで、近藤さんが、嗚咽を上げて震えている。その姿を見て、妙に意識が鮮明になった。

――腰を抜かしている場合じゃない。

私は大急ぎで階段を駆け降りると、エントランスを抜け、桜人と光が落下したと思しき中庭に向かった。

緑の芝生が生い茂る中庭には、以前光がスケッチをしていた樫の木が、大きく枝を広げていた。時期的に葉はほとんど落ちていて、寒々しい姿だ。

樫の木の真下には、すでに人だかりができていた。

人混みを縫うように、中心を目指す。

そこには、桜人が横たわっていた。枝が擦れたのか、顔には痛々しい傷跡があった。けれど、まるで怪我をしているとは思えないほど、穏やかな顔で目を閉じている。

桜人の脇には白衣を着たお医者さんがいて、ペンライトを片手に、瞼の裏を見たり、脈を確認したりしている。騒ぎを聞いて、すぐに駆けつけてくれたのだろう。

ただ事ではない様子を目の当たりにして、また、身体中の生気が奪われていくような感覚に襲われた。だけど、「命に別状はないようだ」と呟いたお医者さんの声を聞いて、少しだけ気持ちを持ち直す。

「姉ちゃん!」

私に気づいた光が駆けてきて、すがるように抱き着いてきた。

「光? 無事なの?」

「僕は、大丈夫……」

光は私の胸に顔をうずめ、泣きじゃくっている。

「どうしよう、さっちゃんが……」

「……さっちゃん?」

うん、と光は頷くと、涙でボロボロになった顔を、地面に横たわる桜人に向けた。

「あの人が、さっちゃん……」