私の心は、ボロボロだ。
恋なんてしなければよかったと、何度も思った。
恋は、魂を吸い取ったみたいに、人をダメにしてしまう。
桜人に避けられる日々は空虚だ。
一日中泣いて、泣いて、消えてしまいたい。
浦部さんと話している桜人を見ると、息が詰まりそうになる。
嫉妬心で、心が汚れていく。
そして、自分のことをますます嫌いになる。
そんなとき、私のすさんだ心に変化をもたらしてくれたのは、桜人の詩だった。
僕が歩むこの世界は、澱んで、濁っている
どんなにもがいても、出口が見えない
だから僕は、君のために影になる
光となり風となる
僕が涙を流すのは、君のためだけ
僕のすべては、君のためだけ
深い海の底に沈んだこの世界で、僕は今日も君だけを想う
たくさんあるから、と川島部長からもらった去年の文集を、家で繰り返し眺めた。
そのうちに、私は気づいたんだ。
見返りを求めている恋は、恋じゃない。
私は、桜人が好きだ。彼に避けられようと、彼が誰といようと、それでも好きだ。
彼は私を変えてくれたこの世でただひとりの存在。
苦しい気持ちを受け入れて、この先も、心の中で想い続ければいい。
行き着いた答えは、驚くほど単純だった。
――私は、この先も、桜人を想い続ける。
再来年に控えた受験のために、夏葉と同じ塾に通い始めた。
土曜日だけど、午前中授業があったその日。
塾が始まるまでの開いた時間、学校近くのファーストフード店で、私は夏葉と一緒に勉強をしていた。
カウンター席の窓の向こうの景色はすっかり冬の装いになっている。
コートやジャケットを着込んでいる人、寒そうに手をこすり合わせている人。
寄り添い合うカップル、店頭で光るクリスマスツリー。
ふとシャーペンを持つ手を止め、窓の向こうを見つめた。
十二月に入ったばかりだというのに、今日は異常気象とやらで、道行く人の吐く息が白く凍るほど寒い。私も制服の上にコートを着て、赤いマフラーをグルグル巻きにしてきた。
すると、同じ学校の女子生徒たちが数人、各々トレイを持って背後から入ってきた。クラスは違うけど、見たことがある子たちだ。だけど向こうは、隅の窓辺にいる私たちには気づいていないみたい。
「小瀬川くん?」
ひとりの子の声に、思わず肩がびくっと跳ね上がる。
「たしかに今がチャンスかも。浦部さんもさ、つきまとわなくなったし」
「フラれたんじゃない? 水田さんときみたいにさ」
楽しそうにはしゃぐ彼女たちの声が、こちらに近づいてくる。だけど私たちの存在に気づくなり、息を殺すように、皆押し黙った。そして、そそくさと遠くの席に行く。
私が小瀬川くんの元カノで、こっぴどくフラれたという噂は、またたくまに学年中に広まっていた。真実を正す気力も機会もなく、こうして噂だけが独り歩きしている状態だ。でも、こんな状況にももう慣れてしまった。
逃げるようにいなくなってしまった彼女たちの様子が少し面白くて、そちらを目で追ってしまう。するとその様子を見ていた夏葉が、「真菜って、強くなったよね」と言った。
「そうかな?」
「強くなきゃできないよ。ずっと、ひとりの人を想い続けるなんてこと」
私と夏葉は親友だ。桜人にどういうわけか避けられるようになったこと、それでも彼を想い続けると決めたことは、彼女には話してある。
夏葉はいつも、静かにあたたかく、私の話を受け入れてくれた。
「うん。ありがとう」
自分でも思う。以前の私だったら、めそめそ思い悩んで、また自分を責めていた。
周りと自分を比べて、“普通”であることに固執して――。
桜人は、私の世界を変えてくれた。
「私は、ずっと真菜の味方だからね」
「私も、ずっと夏葉の味方だよ」
ふたりして、笑い合った。そのとき――。
ポケットに入れていたスマホが振動して、慌てて取り出す。お母さんからの着信だった。
嫌な予感がして、急いで画面をタップする。すぐに息せき切ったようなお母さんの声が聞こえた。
恋なんてしなければよかったと、何度も思った。
恋は、魂を吸い取ったみたいに、人をダメにしてしまう。
桜人に避けられる日々は空虚だ。
一日中泣いて、泣いて、消えてしまいたい。
浦部さんと話している桜人を見ると、息が詰まりそうになる。
嫉妬心で、心が汚れていく。
そして、自分のことをますます嫌いになる。
そんなとき、私のすさんだ心に変化をもたらしてくれたのは、桜人の詩だった。
僕が歩むこの世界は、澱んで、濁っている
どんなにもがいても、出口が見えない
だから僕は、君のために影になる
光となり風となる
僕が涙を流すのは、君のためだけ
僕のすべては、君のためだけ
深い海の底に沈んだこの世界で、僕は今日も君だけを想う
たくさんあるから、と川島部長からもらった去年の文集を、家で繰り返し眺めた。
そのうちに、私は気づいたんだ。
見返りを求めている恋は、恋じゃない。
私は、桜人が好きだ。彼に避けられようと、彼が誰といようと、それでも好きだ。
彼は私を変えてくれたこの世でただひとりの存在。
苦しい気持ちを受け入れて、この先も、心の中で想い続ければいい。
行き着いた答えは、驚くほど単純だった。
――私は、この先も、桜人を想い続ける。
再来年に控えた受験のために、夏葉と同じ塾に通い始めた。
土曜日だけど、午前中授業があったその日。
塾が始まるまでの開いた時間、学校近くのファーストフード店で、私は夏葉と一緒に勉強をしていた。
カウンター席の窓の向こうの景色はすっかり冬の装いになっている。
コートやジャケットを着込んでいる人、寒そうに手をこすり合わせている人。
寄り添い合うカップル、店頭で光るクリスマスツリー。
ふとシャーペンを持つ手を止め、窓の向こうを見つめた。
十二月に入ったばかりだというのに、今日は異常気象とやらで、道行く人の吐く息が白く凍るほど寒い。私も制服の上にコートを着て、赤いマフラーをグルグル巻きにしてきた。
すると、同じ学校の女子生徒たちが数人、各々トレイを持って背後から入ってきた。クラスは違うけど、見たことがある子たちだ。だけど向こうは、隅の窓辺にいる私たちには気づいていないみたい。
「小瀬川くん?」
ひとりの子の声に、思わず肩がびくっと跳ね上がる。
「たしかに今がチャンスかも。浦部さんもさ、つきまとわなくなったし」
「フラれたんじゃない? 水田さんときみたいにさ」
楽しそうにはしゃぐ彼女たちの声が、こちらに近づいてくる。だけど私たちの存在に気づくなり、息を殺すように、皆押し黙った。そして、そそくさと遠くの席に行く。
私が小瀬川くんの元カノで、こっぴどくフラれたという噂は、またたくまに学年中に広まっていた。真実を正す気力も機会もなく、こうして噂だけが独り歩きしている状態だ。でも、こんな状況にももう慣れてしまった。
逃げるようにいなくなってしまった彼女たちの様子が少し面白くて、そちらを目で追ってしまう。するとその様子を見ていた夏葉が、「真菜って、強くなったよね」と言った。
「そうかな?」
「強くなきゃできないよ。ずっと、ひとりの人を想い続けるなんてこと」
私と夏葉は親友だ。桜人にどういうわけか避けられるようになったこと、それでも彼を想い続けると決めたことは、彼女には話してある。
夏葉はいつも、静かにあたたかく、私の話を受け入れてくれた。
「うん。ありがとう」
自分でも思う。以前の私だったら、めそめそ思い悩んで、また自分を責めていた。
周りと自分を比べて、“普通”であることに固執して――。
桜人は、私の世界を変えてくれた。
「私は、ずっと真菜の味方だからね」
「私も、ずっと夏葉の味方だよ」
ふたりして、笑い合った。そのとき――。
ポケットに入れていたスマホが振動して、慌てて取り出す。お母さんからの着信だった。
嫌な予感がして、急いで画面をタップする。すぐに息せき切ったようなお母さんの声が聞こえた。