***
ウインドウ越しに、バス停を見る。
彼女を乗せたバスは、片道二車線の大通りの向こうへと、走り去っていった。
ホッとしたような寂しいような気持ちがないまぜになって、胸に押し寄せる。
そんな自分の気持ちに見て見ぬふりをして、仕事に没頭した。
「桜人くん」
トレイ片手に店内をせわしなく歩いていると、中ほどの席に座っている浦部さんに、シャツを軽く引っ張られる。
「なに?」
同じクラスの浦部さんは、数週間前、たまたまこのカフェで出くわしたのを機に、たびたび来るようになった。彼女が俺に好意を持ってくれているのは、なんとなく気づいている。
だけど俺はもちろんそれに答えるつもりはないし、波風立てないように、どうにかやり過ごしているだけだ。
俺が足を止めても、浦部さんは何を言うでもなく、じっと見てくるだけだった。
アイメイクが濃いせいか、あまり見つめられると、少々怖い。どうにかやり過ごすためにうっすらと微笑めば、浦部さんも笑い返してきた。
「桜人くん。ここではよく笑うんだね。学校ではあんなに不愛想なのに」
「仕事中だから、当然だよ」
そう言うと、浦部さんはまたじっと俺を見て「でもさっきは笑ってなかった。一応仕事中だったけど」と言う。
「さっき?」
「水田さんと話してたとき」
胸を打たれたような気になって、一瞬息を止める。
「私、同中だった子から聞いたこと事があるの。桜人くん、中学のときは、すごく愛想がよくてクラスのムードメーカーだったんだって?」
「………」
「でも、高校からは不愛想になった。それって水田さんがいるから? それに最近、小瀬川くん皆に優しいのに、水田さんにだけ露骨に冷たいよね? 裏を返せば、水田さんを特別視してるってことよね」
何も答えることができない。
俺はうつむき、「暗いから、もう早く帰れよ」とだけ言った。
「……ねえ、あんなどこにでもいそうな子の、どこがいいの?」
だけど、浦部さんには、俺の声など届いていないようだった。前の席に座っている男性客が振り返るほど、大きめの声で俺に食ってかかってくる。
スッと、胸に冷気が入り込むような心地がした。
浦部さんは、何も知らない。
俺が、これまでどんな想いで生きてきたか。
どれだけ、特別な、ただひとつの、彼女の笑顔を追い求めてきたか。
それは恋だとか、付き合いたいとか、そういった世界の話じゃない。
彼女だけ。
ただ、それだけのことなんだ。
「どこがいいとか、そういうんじゃないんだ」
気づけば、積もり積もった想いを吐き出すように、そう呟いていた。
すると浦部さんは、何かが癇に障ったのか、真っ赤になってガタンッと立ち上がる。そしそのまま、大股に店を出て行った。
店にいる客が、俺の方を見てヒソヒソと何やら言い合っている。
「小瀬川くん、モテモテだね~」
いつの間にか近くに寄ってきた店長が、耳元で、茶化すような言い方をした。
今更のように顔が熱くなったけど、もうすべてがあとのまつりだ。
悶々とする気持ちを振り払うように、仕事に熱中する。
――『あと、それから、私、就職じゃなくて進学することにしたの』
ふと、彼女の声が耳によみがえった。
途端に、心の緊張が解けたように、和やかな気持ちになる。
彼女のエッセイを応募したのは俺だ。
このことは一生知らせるつもりはないけれど。
君が前を向いてくれれば、それでいい。
僕は君のために、光となり陰になって、君の未来を明るく照らすから。
ウインドウ越しに、バス停を見る。
彼女を乗せたバスは、片道二車線の大通りの向こうへと、走り去っていった。
ホッとしたような寂しいような気持ちがないまぜになって、胸に押し寄せる。
そんな自分の気持ちに見て見ぬふりをして、仕事に没頭した。
「桜人くん」
トレイ片手に店内をせわしなく歩いていると、中ほどの席に座っている浦部さんに、シャツを軽く引っ張られる。
「なに?」
同じクラスの浦部さんは、数週間前、たまたまこのカフェで出くわしたのを機に、たびたび来るようになった。彼女が俺に好意を持ってくれているのは、なんとなく気づいている。
だけど俺はもちろんそれに答えるつもりはないし、波風立てないように、どうにかやり過ごしているだけだ。
俺が足を止めても、浦部さんは何を言うでもなく、じっと見てくるだけだった。
アイメイクが濃いせいか、あまり見つめられると、少々怖い。どうにかやり過ごすためにうっすらと微笑めば、浦部さんも笑い返してきた。
「桜人くん。ここではよく笑うんだね。学校ではあんなに不愛想なのに」
「仕事中だから、当然だよ」
そう言うと、浦部さんはまたじっと俺を見て「でもさっきは笑ってなかった。一応仕事中だったけど」と言う。
「さっき?」
「水田さんと話してたとき」
胸を打たれたような気になって、一瞬息を止める。
「私、同中だった子から聞いたこと事があるの。桜人くん、中学のときは、すごく愛想がよくてクラスのムードメーカーだったんだって?」
「………」
「でも、高校からは不愛想になった。それって水田さんがいるから? それに最近、小瀬川くん皆に優しいのに、水田さんにだけ露骨に冷たいよね? 裏を返せば、水田さんを特別視してるってことよね」
何も答えることができない。
俺はうつむき、「暗いから、もう早く帰れよ」とだけ言った。
「……ねえ、あんなどこにでもいそうな子の、どこがいいの?」
だけど、浦部さんには、俺の声など届いていないようだった。前の席に座っている男性客が振り返るほど、大きめの声で俺に食ってかかってくる。
スッと、胸に冷気が入り込むような心地がした。
浦部さんは、何も知らない。
俺が、これまでどんな想いで生きてきたか。
どれだけ、特別な、ただひとつの、彼女の笑顔を追い求めてきたか。
それは恋だとか、付き合いたいとか、そういった世界の話じゃない。
彼女だけ。
ただ、それだけのことなんだ。
「どこがいいとか、そういうんじゃないんだ」
気づけば、積もり積もった想いを吐き出すように、そう呟いていた。
すると浦部さんは、何かが癇に障ったのか、真っ赤になってガタンッと立ち上がる。そしそのまま、大股に店を出て行った。
店にいる客が、俺の方を見てヒソヒソと何やら言い合っている。
「小瀬川くん、モテモテだね~」
いつの間にか近くに寄ってきた店長が、耳元で、茶化すような言い方をした。
今更のように顔が熱くなったけど、もうすべてがあとのまつりだ。
悶々とする気持ちを振り払うように、仕事に熱中する。
――『あと、それから、私、就職じゃなくて進学することにしたの』
ふと、彼女の声が耳によみがえった。
途端に、心の緊張が解けたように、和やかな気持ちになる。
彼女のエッセイを応募したのは俺だ。
このことは一生知らせるつもりはないけれど。
君が前を向いてくれれば、それでいい。
僕は君のために、光となり陰になって、君の未来を明るく照らすから。