そんな日々が一週間ほど続いた、五月の終わりのことだった。
昼休みに入ってすぐ、斜め後ろを振り返れば、小瀬川くんの姿はもうなかった。
すでに、部室に向かったのだろう。
私も行かなくちゃと思って、お弁当箱を手に取り、立ち上がる。
すると「水田さん」と背後から呼びかけられた。
振り返れば、黒髪ショートで、背の高い女の子がいる。
「谷澤さん……?」
今年になって同じクラスになった谷澤さんは、成績優秀で、クラスでも目立つ存在だ。
昼休憩の度に教室の隅で笑い声を響かせている、賑やかな女子グループにいる。そのグループは目立つ子が多くて、美織や杏と仲がいい子もたくさんいた。
「あのさ、今日から一緒にお昼食べない?」
「え……?」
驚いて、思わず周りをきょろきょろと見渡してしまった。案の定、クラスメイトたちは異変をすぐに察知したようで、ヒソヒソと囁き合いながらこちらを見ている。特に、谷澤さんがいつも一緒にお昼を食べていた女子グループからの視線が痛い。
「でも、」
どうして?と聞く前に、私はやや強引に谷澤さんに手を取られ、廊下を歩んでいた。彼女が私の手を持ったままぐんぐん向かったのは、渡り廊下に面した庭園だ。芝生の生い茂るそこは、色とりどりのパンジーが咲き誇る花壇を囲むように、ベンチが置かれている。
「ここでいっか」
谷澤さんはベンチのひとつに座ると、明るい声で言い、さっそく自分のお弁当を広げた。
それから、戸惑いのあまり立ち尽くしている私を見上げ、にこっと笑う。
「ごめんね、急に連れ出して。教室、なんか居心地悪かったから。私、前から水田さんと話してみたかったんだ。気が合うんじゃないかって、ずっと思ってたの」
「………!」
前から話してみたかった、なんてことを誰かから言われたのは初めてで、自分にそんな存在価値があったのかとうれしくなる。思わず顔を赤らめてると「ふふ、赤くなってる。かわいい」と谷澤さんは笑った。
「水田さん、美織と杏と一緒にいることがなくなったでしょ? あれ見て、私も勇気をもらえたの。今一緒にいる子たち、ずっと合わないなって思ってたから」
「そうなの? そんなふうには見えなかったけど……」
私とは違って、谷澤さんは、あの目立つグループにしっくり馴染んでいるように見えたのに。
「クラス替えがあって、なんとなく一年のとき同じクラスだった子たちと一緒にいるようになっただけ。でも男の話題ばっかりで、ついていけないの。誰がかっこいいとか、誰と誰が付き合ったとか。そういうの、私全然興味なくって」
谷澤さんが、うんざりしたように肩を竦める。
「本当はね、竜王戦の話とか、巨人戦の話とかしたくてうずうずしてるのに、あのグループの中で言えないじゃん」
「竜王戦……? 巨人戦……?」
首を傾げると「私、将棋と野球が好きなの! あのグループでそんな話しても、え?って顔されるから、こんなこと言えなくて」と谷澤さんは笑った。
裏表の感じられない、子供みたいな笑い方だった。
――ああ、この人好きだな。
無邪気な彼女の笑顔を見て、直感的に思う。
なんとなくの親近感を覚えて、気づけば谷澤さんの隣にすとんと腰を降ろしていた。
「……でも、私、将棋にも野球にも興味ないよ?」
「あははっ、いいの。私も別に、ずっとその話してるわけじゃないから。だけど水田さんなら、私が本当の姿をさらしても、受け入れてくれるような気がしたんだ。そうでしょ?」
「……うん。受け入れるっていうより、夢中になれるものがあって、素敵だなって思った」
素直に答えると、谷澤さんは、また屈託なく笑う。
「よかった! ねえ、これから下の名前で呼んでいい? 私のことも夏葉って呼んでくれていいから」
人生、沈むときもあれば浮き上がるときもある。
クラスでひとりぼっちの私に、突然親友ができた。
昼休みに入ってすぐ、斜め後ろを振り返れば、小瀬川くんの姿はもうなかった。
すでに、部室に向かったのだろう。
私も行かなくちゃと思って、お弁当箱を手に取り、立ち上がる。
すると「水田さん」と背後から呼びかけられた。
振り返れば、黒髪ショートで、背の高い女の子がいる。
「谷澤さん……?」
今年になって同じクラスになった谷澤さんは、成績優秀で、クラスでも目立つ存在だ。
昼休憩の度に教室の隅で笑い声を響かせている、賑やかな女子グループにいる。そのグループは目立つ子が多くて、美織や杏と仲がいい子もたくさんいた。
「あのさ、今日から一緒にお昼食べない?」
「え……?」
驚いて、思わず周りをきょろきょろと見渡してしまった。案の定、クラスメイトたちは異変をすぐに察知したようで、ヒソヒソと囁き合いながらこちらを見ている。特に、谷澤さんがいつも一緒にお昼を食べていた女子グループからの視線が痛い。
「でも、」
どうして?と聞く前に、私はやや強引に谷澤さんに手を取られ、廊下を歩んでいた。彼女が私の手を持ったままぐんぐん向かったのは、渡り廊下に面した庭園だ。芝生の生い茂るそこは、色とりどりのパンジーが咲き誇る花壇を囲むように、ベンチが置かれている。
「ここでいっか」
谷澤さんはベンチのひとつに座ると、明るい声で言い、さっそく自分のお弁当を広げた。
それから、戸惑いのあまり立ち尽くしている私を見上げ、にこっと笑う。
「ごめんね、急に連れ出して。教室、なんか居心地悪かったから。私、前から水田さんと話してみたかったんだ。気が合うんじゃないかって、ずっと思ってたの」
「………!」
前から話してみたかった、なんてことを誰かから言われたのは初めてで、自分にそんな存在価値があったのかとうれしくなる。思わず顔を赤らめてると「ふふ、赤くなってる。かわいい」と谷澤さんは笑った。
「水田さん、美織と杏と一緒にいることがなくなったでしょ? あれ見て、私も勇気をもらえたの。今一緒にいる子たち、ずっと合わないなって思ってたから」
「そうなの? そんなふうには見えなかったけど……」
私とは違って、谷澤さんは、あの目立つグループにしっくり馴染んでいるように見えたのに。
「クラス替えがあって、なんとなく一年のとき同じクラスだった子たちと一緒にいるようになっただけ。でも男の話題ばっかりで、ついていけないの。誰がかっこいいとか、誰と誰が付き合ったとか。そういうの、私全然興味なくって」
谷澤さんが、うんざりしたように肩を竦める。
「本当はね、竜王戦の話とか、巨人戦の話とかしたくてうずうずしてるのに、あのグループの中で言えないじゃん」
「竜王戦……? 巨人戦……?」
首を傾げると「私、将棋と野球が好きなの! あのグループでそんな話しても、え?って顔されるから、こんなこと言えなくて」と谷澤さんは笑った。
裏表の感じられない、子供みたいな笑い方だった。
――ああ、この人好きだな。
無邪気な彼女の笑顔を見て、直感的に思う。
なんとなくの親近感を覚えて、気づけば谷澤さんの隣にすとんと腰を降ろしていた。
「……でも、私、将棋にも野球にも興味ないよ?」
「あははっ、いいの。私も別に、ずっとその話してるわけじゃないから。だけど水田さんなら、私が本当の姿をさらしても、受け入れてくれるような気がしたんだ。そうでしょ?」
「……うん。受け入れるっていうより、夢中になれるものがあって、素敵だなって思った」
素直に答えると、谷澤さんは、また屈託なく笑う。
「よかった! ねえ、これから下の名前で呼んでいい? 私のことも夏葉って呼んでくれていいから」
人生、沈むときもあれば浮き上がるときもある。
クラスでひとりぼっちの私に、突然親友ができた。