トアール王国建国の歴史。
まだ、トアール王国の名前がなかった時代。今の王都にあたる街を治めていた領主に、ひとりの預言者があるお告げを伝えた。
陽光の聖杯を都の中心に据えれば、この地に千年の王国が築かれるであろう、と。
跡取りとなる男児がいなかった時の領主は破格の報奨を掛け、かつ聖杯を持ち帰った者には美しい愛娘との結婚と後継の座を約束した。
腕に覚えのある数多くの戦士や剣士、冒険者たちは大陸の隅々へと散り、聖杯を探し求めた。
そして、のちに東征のパーティーと呼ばれる3人組は、大陸の東の外れにある、夜明けの祭壇にてその聖杯を発見した。
○△□○△□○△□○△□
「以上」
ラルは思わず椅子から滑り落ちそうになった。
「いやいや。カレンさん、以上って。そこまでが一般的に知られている東征のパーティーの話ですよ。そこで終わっちゃったら意味無いでしょ!」
「あら、そう? 回想編とか過去編って人気が無いって聞いたからねぇ。手短に終わらせようかと思って」
「何の話か分からないですけど、ご自身で話を広げたんですから、ちゃんとオチまで話してくださいよ。私も未知の魔法の話に期待しているんですから……」
「そうねぇ……、そろそろサントちゃんも目を覚ましそうだし、サクッと手短に終わらすね」
――あっ、サント君の寝顔を目に焼き付けとかないと……。
奥の部屋に行きかけたラルの肩を、細い手がむんずと掴む。この小柄な体にどれだけ力を秘めているのか?
「行かさないわよ。貴女はここに座りなさい」
――ヒエッ。
ラルの喉の奥から小鳥のような声が漏れた……。
○△□○△□○△□○△□
のちに建国王と呼ばれる剣士レナード・ラング、獄炎の魔法を得意とした魔術士ヴィヴィ、100の付与魔法を駆使したと言われる付与魔法剣士エイムス・ユミック。
3人が今まで誰も辿り着いたことがない大陸の東端へと達したのは、大号令から2年が経過した頃だった。
現地に住む亜人たちの言い伝え通り、一年に一度、急激に潮が引き、夜明けの祭壇と呼ばれる神殿がある孤島への道が現れた。
普段は激流に阻まれて神殿に近づく事は出来ないが、この日の夜だけは特別だった。
3人は意を決すると、剥き出しになった海底を歩く。
神殿の内部には精霊や魔人たちに守られた3つの小さな祭壇が並んでいた。
太陽と月と夜の祭壇。
それぞれに、陽光の聖杯、月影の腕輪、永遠の指輪という魔具が安置されていた。
聖杯は手にした者に膨大な魔力と統率力を与える。
腕輪は身に着けた者の魔力を真夜中に極大、真昼に零となる力を与える。
指輪は魔法の効果が永続となる力を与える。
そして、それらの魔具を手放しても所有者として死ぬまで効果が継続する。
ただ単に魔具を祭壇から持ち去れば、リヴァイアサンが封印から解放されてしまう。
リヴァイアサンが解放されれば、たちどころに大津波が押し寄せ、大陸は海へと沈むであろう。
3つの魔具は必ず一緒に使用しなければリヴァイアサンの力を抑え込むことは出来ない。
すなわち3つの魔具を持ってリヴァイアサンと対峙しなければならないのだが……。
リーダーであるレナードが陽光の聖杯を手に、魔力を制限される事に難色を示したヴィヴィに代わり、エイムスが月影の腕輪と永遠の指輪を手にすると、3人は巨大な海竜へと立ち向かった……。
○△□○△□○△□○△□
「それが東征のパーティーの物語……。でも、例の影魔法の話が出ていませんですけど?」
「それはね、リヴァイアサンを討伐した後に起こったのよ」
○△□○△□○△□○△□
夜明けの祭壇が朝日に照らされる頃、東征のパーティーはリヴァイアサンを打ち倒した。
そして夜明けの祭壇を出た瞬間、それは現れた。
空を覆い尽くすかのような大きな影。
朝焼けの空が宵闇の世界へと引き戻される。
「我は影の魔神。太陽神と対になる者。我を解放してくれた事に礼を言おう。月と夜の魔具を手に取ったそなたには我の眷属たる力を授ける。子々孫々、未来永劫にわたり我の力を伝えるが良い。また、我の解放により世界の理が書き換えられる。そなたが触媒となったため、世界中の付与魔法が影響を受けた。この世に夜がある限り付与魔法の効果は永遠となる。これを定着魔法と呼ぶが良い。ただし、生命ある者には効果が現れることが無いがな。そして……」
影の魔神はヴィヴィを見つめる。
「魔具を拒否した、わがままな小娘には我の祝福を授けようぞ。不老不死と若返りだ。永遠の命を楽しむが良い」
そう言い残すと、魔神は朝日の中へ溶けるように消えてしまった。
○△□○△□○△□○△□
「世界の理を書き換える……、それに不老不死って?」
「どうやら、本物の神様だったみたいね。私は祖父だけじゃなくて、魔術士のヴィヴィにも直接会って確かめたけど不老不死も本物だったわ」
「影魔法は影の魔神の眷属の力……」
「そう、だから呪いみたいなモノって言ったの。腕輪と指輪の影響は、祖父だけで済んだのが不幸中の幸いって事かな」
カレンはふぅと小さなため息を漏らした。
「(あの娘にはしっかり影魔法の力でお仕置きをしてあげたけどね……)」
「えっ、何か言いましたか?」
「いえ、なんにも。そろそろサントちゃんを起こしてあげましょうか」
――影の魔神……。何か大切な事を忘れているような気がするけど。そういえば私の師匠が「夜の一族には近寄るな」って言っていたけど、まさかこの事じゃ無いよね。
「まぁ、いっか! サントくーん、起床の時間ですよー」
ラルは椅子から立ち上がると、カレンの後をついて足取り軽くサントの寝室へと向かった。
まだ、トアール王国の名前がなかった時代。今の王都にあたる街を治めていた領主に、ひとりの預言者があるお告げを伝えた。
陽光の聖杯を都の中心に据えれば、この地に千年の王国が築かれるであろう、と。
跡取りとなる男児がいなかった時の領主は破格の報奨を掛け、かつ聖杯を持ち帰った者には美しい愛娘との結婚と後継の座を約束した。
腕に覚えのある数多くの戦士や剣士、冒険者たちは大陸の隅々へと散り、聖杯を探し求めた。
そして、のちに東征のパーティーと呼ばれる3人組は、大陸の東の外れにある、夜明けの祭壇にてその聖杯を発見した。
○△□○△□○△□○△□
「以上」
ラルは思わず椅子から滑り落ちそうになった。
「いやいや。カレンさん、以上って。そこまでが一般的に知られている東征のパーティーの話ですよ。そこで終わっちゃったら意味無いでしょ!」
「あら、そう? 回想編とか過去編って人気が無いって聞いたからねぇ。手短に終わらせようかと思って」
「何の話か分からないですけど、ご自身で話を広げたんですから、ちゃんとオチまで話してくださいよ。私も未知の魔法の話に期待しているんですから……」
「そうねぇ……、そろそろサントちゃんも目を覚ましそうだし、サクッと手短に終わらすね」
――あっ、サント君の寝顔を目に焼き付けとかないと……。
奥の部屋に行きかけたラルの肩を、細い手がむんずと掴む。この小柄な体にどれだけ力を秘めているのか?
「行かさないわよ。貴女はここに座りなさい」
――ヒエッ。
ラルの喉の奥から小鳥のような声が漏れた……。
○△□○△□○△□○△□
のちに建国王と呼ばれる剣士レナード・ラング、獄炎の魔法を得意とした魔術士ヴィヴィ、100の付与魔法を駆使したと言われる付与魔法剣士エイムス・ユミック。
3人が今まで誰も辿り着いたことがない大陸の東端へと達したのは、大号令から2年が経過した頃だった。
現地に住む亜人たちの言い伝え通り、一年に一度、急激に潮が引き、夜明けの祭壇と呼ばれる神殿がある孤島への道が現れた。
普段は激流に阻まれて神殿に近づく事は出来ないが、この日の夜だけは特別だった。
3人は意を決すると、剥き出しになった海底を歩く。
神殿の内部には精霊や魔人たちに守られた3つの小さな祭壇が並んでいた。
太陽と月と夜の祭壇。
それぞれに、陽光の聖杯、月影の腕輪、永遠の指輪という魔具が安置されていた。
聖杯は手にした者に膨大な魔力と統率力を与える。
腕輪は身に着けた者の魔力を真夜中に極大、真昼に零となる力を与える。
指輪は魔法の効果が永続となる力を与える。
そして、それらの魔具を手放しても所有者として死ぬまで効果が継続する。
ただ単に魔具を祭壇から持ち去れば、リヴァイアサンが封印から解放されてしまう。
リヴァイアサンが解放されれば、たちどころに大津波が押し寄せ、大陸は海へと沈むであろう。
3つの魔具は必ず一緒に使用しなければリヴァイアサンの力を抑え込むことは出来ない。
すなわち3つの魔具を持ってリヴァイアサンと対峙しなければならないのだが……。
リーダーであるレナードが陽光の聖杯を手に、魔力を制限される事に難色を示したヴィヴィに代わり、エイムスが月影の腕輪と永遠の指輪を手にすると、3人は巨大な海竜へと立ち向かった……。
○△□○△□○△□○△□
「それが東征のパーティーの物語……。でも、例の影魔法の話が出ていませんですけど?」
「それはね、リヴァイアサンを討伐した後に起こったのよ」
○△□○△□○△□○△□
夜明けの祭壇が朝日に照らされる頃、東征のパーティーはリヴァイアサンを打ち倒した。
そして夜明けの祭壇を出た瞬間、それは現れた。
空を覆い尽くすかのような大きな影。
朝焼けの空が宵闇の世界へと引き戻される。
「我は影の魔神。太陽神と対になる者。我を解放してくれた事に礼を言おう。月と夜の魔具を手に取ったそなたには我の眷属たる力を授ける。子々孫々、未来永劫にわたり我の力を伝えるが良い。また、我の解放により世界の理が書き換えられる。そなたが触媒となったため、世界中の付与魔法が影響を受けた。この世に夜がある限り付与魔法の効果は永遠となる。これを定着魔法と呼ぶが良い。ただし、生命ある者には効果が現れることが無いがな。そして……」
影の魔神はヴィヴィを見つめる。
「魔具を拒否した、わがままな小娘には我の祝福を授けようぞ。不老不死と若返りだ。永遠の命を楽しむが良い」
そう言い残すと、魔神は朝日の中へ溶けるように消えてしまった。
○△□○△□○△□○△□
「世界の理を書き換える……、それに不老不死って?」
「どうやら、本物の神様だったみたいね。私は祖父だけじゃなくて、魔術士のヴィヴィにも直接会って確かめたけど不老不死も本物だったわ」
「影魔法は影の魔神の眷属の力……」
「そう、だから呪いみたいなモノって言ったの。腕輪と指輪の影響は、祖父だけで済んだのが不幸中の幸いって事かな」
カレンはふぅと小さなため息を漏らした。
「(あの娘にはしっかり影魔法の力でお仕置きをしてあげたけどね……)」
「えっ、何か言いましたか?」
「いえ、なんにも。そろそろサントちゃんを起こしてあげましょうか」
――影の魔神……。何か大切な事を忘れているような気がするけど。そういえば私の師匠が「夜の一族には近寄るな」って言っていたけど、まさかこの事じゃ無いよね。
「まぁ、いっか! サントくーん、起床の時間ですよー」
ラルは椅子から立ち上がると、カレンの後をついて足取り軽くサントの寝室へと向かった。