第一幕


  帰りのホームルーム後、入部の許可が降りて正式にサッカー部の一員になった僕と花咲さんは更衣室にて各々着替えてから準備に取り掛かることとなった。
 担任から早朝の内に受け取っておいた練習着を身に纏ってグラウンドへと赴く。
「お〜! 似合ってるね!」
「ありがとう。花咲さんも似合ってるよ」
 ポロシャツにハーフパンツと日焼け防止用のキャップを被っておりお世辞でも冗談でも無く本当に似合っている。
「まだあんまり人も居ないし私達で準備進めちゃおっか!」
「許可は降りてるの?」
「うん! 早く来た人から勝手に準備して良いって彩音先輩から言われたよ。勿論内容もバッチリ把握済み!」
「彩音先輩って?」
「雲形彩音先輩。聞き覚えあるでしょ?」
「昨日のミーティングで名前が挙がってた人?」
「そうそう! すっごく可愛くて一緒に居て楽しい人なんだよ!」
 意気揚々と雲形先輩の良い点を挙げれるということはそれだけ親密度が高いということだ。たった一日の間にそこまで中を深められるあたり、やはり花咲さんはコミュニケーション能力がずば抜けて高い。
「そうなんだね。それにしても随分活力に満ち溢れているね。普段からだけれども」
「健康な証拠ってこと! ほらゴールコートから運ぶよ!」
 そう言いながらゴールコートの側面を持ちながら反対側を持つように言葉を投げ掛ける。
「流石に二人じゃ持ち上がらないでしょ」
「物は試しだよ! ほら、せーの!」
 持ち上がりこそするもののこれを長時間持ち上げながら歩くのはやはり厳しそうだ。
「日菜ちゃーん!」
 花咲さんと同じ練習着を身に纏った女性が此方へと駆け寄ってくる。
「ゴールコート運ぶんだよね? 私も手伝うよ」
 雲形先輩の掛け声に合わせて足並みを合わせて運んでいる重心が少し傾いていて不安定だということに気付いた。
「雲形先輩。もう少し左に寄れます?」
「分かったー」と軽い返事をして左に寄り終えると唐突に「てかそんな固い呼び方じゃなくても良いよ。普通に彩音って呼んで」と言われた。
「じゃ、じゃあ彩音先輩で良いですか?」
「うん! でも頑なに先輩だけは外さないんだね」
「敬意が示せないので」
「律儀だねー」

 ゴールコート以外のコーンマーカ等の準備も終えた僕らに集合がかかり、屋根のあるところに集まった。
「今日は一段と暑い猛暑なため水分補給等の休憩をしっかりと挟むように」
 今日の最高気温は三十一℃だとニュースアナウンサーが言っていた。そして一日で最も気温が高いのは昼過ぎの今頃だ。監督の言うことにも無理は無い。監督の言葉を肝に銘じておこう。
 そんな誓いを立て、練習が始まった。
 彩音先輩から聞いた話だがどうやら此処はドリブル練習などの基礎練は各自で勝手にして部活中は軽いシュート練習などのウォーミングアップの後はもっぱら紅白戦らしい。
「列に並んで順番にシュートを打て」
 一人、また一人と徐々に自分の出番が近づいてくる。キーパ役を務めているのは井村先輩。この前も雑誌に掲載されていた有名人だ。それ程にまで腕の立つ人と手合わせを願えることがウレシクて堪らない。不安や焦燥も無い自然体でシュートを打つことが出来た。
 顔を上げ、列の最後尾に戻る際に氷の入ったクーラボックスにペットボトルの水を冷やしている花咲さんと目が合った。
 それに気付いた花咲さんは「ナイシュー!」と言葉を投げ掛けながら笑顔で手を振る。
 花咲さんと話したいのは山々だがそれは後でも出来る。そう至った僕は軽く手を振り返して自分の世界に再び入り込む。


 その後四周列が回った後、本命の紅白戦が開始した。試合という言葉に心が少し浮つく。自分の実力を試せるからだろう。あわよくば先輩方のプレーからスキルを盗んでみせる。

「大会に勝ったらご褒美頂戴!」
「良いけど何をして欲しいの?」
「いっぱいあるから悩むな〜……じゃあ、私のこと名前で呼んで!」
「そんなことで良いの?」
「うん! これが良い!」
「じゃあ約束」
 そう言いながら小指を差し出す。それを見て少し驚いた様子を見せた花咲さんだったが直ぐに笑顔で僕の小指に絡めて来た。