第二幕


「今日は目一杯遊……じゃなくて勉強するぞ〜!」
 始業式から二週間半が経過した今日で定期テストまで二週間前だ。
 当番であった教室の掃除を終え、勉強会をすべく僕の家へと向かっている最中、花咲さんがそう高らかに声を上げた。
「本来の目的がバレバレだよ。花咲さん」
「ちゃんと勉強します!」
「ところで今日はどんな映画を見るの?」
「今日はね〜……あっぶない。言っちゃうところだった」
「その言いようは認めてるようなものじゃん」
「うぅ……」
 分かりやすい。単純というか嘘を吐くのがめっぽう苦手なのだろう。
「何で分かったの?」
「だって一日中花咲さんから映画の好みに対する質問攻めを受けたからね。流石に勘付くよ」
「え!? そんなに聞いてたっけ?」
「うん。一応家に行く目的は勉強だからね」
「任せて! 集中しまくりで一言も話さないぐらい頑張るから!」
 本当だろうか。普段の授業中ですらろくに集中せずに僕へとちょっかいをかけてくる花咲さんが……いや、集中云々以前に勉強をしてくれるのだろうか? 勉強を始めて五分も経たずに遊び出している姿が容易に目に浮かぶ。
 

 家に着き、洗面所の位置を教えて一足先に自室へと入って飲み物と菓子を用意していると手を洗い終えた三人が自室へと入って来る。
「おおー! 想像以上に充実した部屋だね!」
 花咲さんが自室に入って開口一番、自室全体を見渡しながら感嘆の声を漏らす。
「適当なところに座って」
 テーブルを囲うようにして座り、各々やらなければならない課題に取り掛かる。
 しかし一人だけシャープペンシルを握らず一向に勉強を行おうとしない。
 花咲さんが僕が用意した菓子を一人で黙々と食べている。四人分用意したはずだが既に半分減っている。
「俺の分も残しとけよ?」
「うちも食べたいな。四人分の内半分減ったから……」
「僕は要らないから二人で食べて」
「良いよ。あまりお腹空いてないし。それに僕はどこの誰かさんと違って大食漢じゃないしね」
 そんなやり取りをしていると全員の手が完全に止まってしまった。
 花咲さんに関してはトランプをシャッフルしてカーペットの上にばら撒き始めている。
 僕に予想は良くも悪くも見事に的中し、五分も経たずに勉強を終了して神経衰弱が始まった。
「順番はじゃんけんで負けた人からね! 行くよー? 最初はグー。じゃんけんポン!」
「俺の一人負けかー」
 悔やみながらも宏次朗がトランプを2枚引く。最初だからということもあって揃うことは無かった。
 後に僕を含めた三人が引いたが揃うことは無く一周目が終了し、2回目の僕の番が回って来た。
 慎重に選んで一枚目を引く。僕が引いたのはスペードの五。見覚えがある。
 瞬間、花咲さんが微かに驚き声を上げて一つのトランプを集中的に見つめる。
 あまりの天然さに驚いた。分かり易いにも程がある。
 花咲さんが見つめていたトランプを引くと案の定トランプの種類が揃った。
「えぇー! 何で分かったの?」
「流石の俺でも分かったぞ。あんなに見つめて、まるで引いて下さいって言ってるようなものだぞ」
「日菜の将来が心配だね。詐欺とかに簡単に引っかかっていまいそう」
「高い壺とか買わされないようにね」
 三人による猛攻撃が胸に深く突き刺さった花咲さんは頬を膨らませて拗ねている。
「そこまで言わなくてもいいじゃん!」


 その後は中々の接戦で終盤でも勝者の予想は定まらなかった。花咲さんも学習したのか目線や態度に気を遣っていた。
 結果として一位を取ることが出来たが終わった頃には時刻は午後六時半。流石に時間が時間なので解散することとなった。
 玄関まで三人を見送ったが花咲さんが伝えたいことがあるらしいので二人で再度部屋に戻った。
 ベットの上で三角座りの体勢で顔を両腕の狭間に沈めながら「少しだけ話聞いてくれる?」と花咲さんがか細い声で僕に問いてきた。
 僕の二言返事の了承を得た後、深呼吸をしてから語り始めた。
「私ね、二年生になる少し前に心臓の病気になったの。ある日急に息苦しくなってお医者さんに診てもらったらあまり医療に詳しく無いから良く分からないんだけど突発性拡張型心筋症っていう病気で今の医療技術だと病気の進行をある程度抑えることは出来るけど完治は出来ないらしいの」
 僕は耳を疑った。二年生になってから人との交流が多くなったが故に疲れが溜まっていて幻聴が生じたのだろうか。そう信じたくなってしまう程に花咲さんの発言を信じたくなかった。
 何時も笑顔で誰よりも人生を謳歌していて幸せそうな花咲さんが難病を患っていただなんて。
「最初は怖かった。何時死ぬか分からない恐怖に押し潰されそうだった。でも怯えていたって何も変わらない。限られた時間で本来生きられる筈だった分楽しむことを……生を全うすることを決めたんだ。死んだときに楽しかったと断言出来るようにしたい」
 花咲さんは全てを受け入れている。その上で自分に出来る最大限の抗いをしている。僕がもし花咲さんの立場に立ったら同じ考えに至ることは出来ないだろう。
 僕なら死への恐怖に耐えられず身を投げ出してしまうかもしれない。そう思ってしまう程に花咲さんが置かれている状況は悲惨だ。
 僕は花咲さんの辛さを一割も理解出来てあげられない。でも少しでも理解出来るなら寄り添って力になりたいと思えた。
「お願いがあるんだけど良い?」
「勿論だよ」
「……生きる最後の手伝いをして欲しい」
 断る理由が無い。断れる筈が無い。この場で僕に病人であることを明かすことに多くの勇気を振り絞ってくれたことだろう。だとすれば僕も応えなければいけない。
「僕に出来ることなら何でもするよ」
「じゃあ早速だけど明日予定ある?」
「特に無いよ」
「じゃあ午前九時に駅前に集合ね! 連れて行きたい場所があるの!」
「分かった」
「それと連絡先交換しない?」
 そう言いながらLINEのQRコードを差し出して来た。僕がそれを読み込む。
「ありがと! 今日は色々とごめんね」
「謝ること無いよ。話してくれて嬉しかった」
 僕の返事を聞いた花咲さんは今度こそ我が家を後にした。

 夕飯や入浴、歯磨きなどを済ませて眠りに就こうとしたとき、滅多に鳴らないスマートフォンの着信音が部屋中に鳴り響いた。長い間着信音が鳴らなかったため、音量が大きいことにすら気付けなかった。
【改めて今日はありがとね! 明日何処に向かう場所は当日のお楽しみだよ!】 
【午前九時に駅前に集合だよね】
【うん! 遅刻しないでね!】
【うん。花咲さんこそ寝坊したりしないでね】
【任せて! じゃあおやすみ!】
【おやすみなさい】
 久し振りの宏次朗以外の 人からの遊びの予約。少し高揚した気分と花咲さんの病気に対する膨大な不安を抱えたまま今度こそ眠りに就いた。