第二幕


 翌日も昨日と変わらず一人で登校をし、職員室にて鍵を受け取ろうとしたが鍵が見当たらない。部活の朝練で荷物を置きに行った人が僕よりも先に鍵を受け取ったのだろう。そう結論付けて鍵を受け取ることを断念し階段を登り教室へと入る。
「おはよ。涼介くん」
 僕の無駄に凝んだとは予想とは裏腹に単に花咲さんが僕よりも早く来ていただけだったらしい。
「おはよう。来るの早いね」
「そんなこと無いよ。つい五分前に来たばっかり。そんなことより今日の私見て何か思うこと無い?」
 昨日知り合ったばかりの人には難し過ぎる質問が僕へと飛んできた。
 髪型は変わらずボブヘアでシャツの第一ボタンも空いており昨日とぱっと見違いがあるようには思えない。
「分からないな。答えは何なの?」
「正解はー……昨日より少し前髪が短くなったでしたー!」
 言われてみれば昨日より幾らか短くなっている。切ったというよりかは整えたの方が表現としては近しいような気がする。
「いやー。君には呆れたよ。まさかこんなに可愛い子の変化に気付けないだなんて」と花咲さんがわざとらしい演技で煽ってきた。
「確かに容姿は可愛らしいけどその態度は頂けないかな」と負けじと僕も煽り返す。
「ひっど。ふーん。そんなこと言うんだ」
「あ、ごめん。冗談のつもりで……」
 流石に言い過ぎたと思い謝罪をしようとしたが「知ってるよ。涼介くんは真面目だなー」と謝罪をする前に笑われてしまった。


 ホームルームを終え、午前中の授業は花咲さんが執拗に話しかけてくること以外は特に何事も無く終えた。
 昼休みに入り、昼食を食べようと準備をせっせと進めていると花咲さんに呼び止められた。一緒にご飯を食べようとのことだ。誘いを断る理由が特に無い為いつ振りかすら分からない複数人で昼食を食べることが決定した。
「じゃあ何処で食べる?」
 僕の問に対して「私が良いところ教えてあげる!」と花咲さんは言い、僕は手を引かれ言われるがまま背中を追った。
 階段を幾らか上った先にある重い扉を押し退けて辿り着いた先は屋上だった。大抵の学校は屋上へ行くことを制限されているらしいがこの学校は昼休みの時間帯に限って行くことが可能な故に大抵、十人程の生徒が屋上で昼食を食べているらしい。
 しかしこの日に限って僕ら以外に人は居らず貸切状態だ。いつも賑わっている場所だからこそ、この静けさに花咲さんは少し違和感を覚えたらしい。そう思ってしまう程にまでこの場所は人気な場所なんだろう。
 僕はそんなことなど気にせずフェンスに背を預けて腰を下ろす。
 それに合わせるかの如く僕の真隣に花咲さんも腰を下ろす。
 少しばかり距離が近いような気がする。
 今思えば先の教室を出て此処へと来る際も花咲さんは僕の手を態々(わざわざ)引いていた。僕ならそんなことは出来ないし、しようという気さえ起きない。それも知り合ったばかりの人になんざ特に。僕とは(ことごと)く合わない人だ。
 でもそんな人に対して僕は不思議と嫌悪感を覚えていない。何故だろうかと考えようとしたとき「どうしたの? そんなにぼーっとして」と声を掛けられ思考の巡りは強制的に終了させられた。
 「いや、大丈夫。そんなことないよ」とその場を強引に凌ぎ、お弁当を開ける。
 花咲さんのお弁当には唐揚げに卵焼きとポテトサラダとおにぎりが入っており色鮮やかでバランスが取れているように思える。
「涼介くんのすっごい美味しそう! お母さんが作ってるの?」
「いや、自分で作ってるよ」
 両親はまだ幼い弟の世話で手一杯なので自分で作りざるを得ない。最初は料理をすることを面倒事だと捉えていたがここ最近は楽しくなりつつある。
「毎朝早く起きて作るの大変そう」
「作ること自体は苦じゃないよ。でも朝は苦手だから眠気に耐えなきゃいけないの少し辛いかな」
「隙ありー!」
 談笑をしている僕の隙を突いて花咲さんが僕のお弁当からハンバーグを掻っ攫った。なんてことをしてくれたんだ。お米と合うおかずはそれしかないというのに。
 仕返しに花咲さんの唐揚げを奪う。
「これじゃあ物々交換じゃん」
「先に仕掛けてたのは花咲さんの方でしょ」
「それにしてもハンバーグ美味しいね! 料理系男子だったか〜」
「それはどうも。花咲さんの唐揚げも美味しいよ」
「本当!? ママに伝えとくね!」
 どうしてだろう。花咲さんと話していると笑みが溢れてくる。ついさっきまでおかずを奪い合っていたがその間も僕はずっと笑顔だっただろう。
 花咲さんは常にこれ以上ない程に笑っている。
 力強く太陽の如く輝いている。きっとこの笑顔で多くの人を照らしてきたのだろう。そう思えてしまう程に魅力的だ。


 話しながら食べていたので食べ終わるまでに時間が掛かってしまい急いであの場を後にして教室へと戻ることとなった。
「結構ギリギリだったね。あ、授業の用意してない! 何が必要?」
「次は委員係決めだから特に必要な物はないよ」
「そうなんだ。涼介くんはやりたいのあるの?」
「僕は特に無いかな。どれも雑務なことには変わりないし」
「ふーん……」
「ふーんって。何でそんなにニヤついてるの?」
「別に大したことじゃ無いですよ~」
「起立。礼」
 担任が教室内へと入ったタイミングで気を利かせた生徒が号令の下知(げぢ)する。
「これから委員係決めを行います。早速ですがまずは学級委員をやりたい方は居ますか? 各委員男女一名ずつです」
 先生の発言を最後に教室内は数秒間の沈黙に包まれたがその状態は花咲さんによって直ぐに破られた。
「私がやります! それと涼介くんもやりたいらしいです! 良い?」
「事後に聞かれても……まあ良いけど」
「他にやりたい方は居ますか?」
 先生の問いに答える人は居なく、僕と花咲さんの二人で学級委員を務めることが決まった。


「何でそんなにムスってしてるの? 五時間目から下校中の今までずっとそうじゃん」
「そんなこと無いよ」
「もしかして私と一緒に学級委員するの嫌だった?」
「嫌というか……不釣り合いじゃないのかなって」
「不釣り合い?」
「うん。僕みたいな人間が花咲さんと一緒に居ても良いのかなって。今だって僕と下校するのじゃなくてもっと適任が居るだろうし」
 花咲さんが僕と正反対な人柄で不釣り合いだということはこのたったのニ日間で痛い程感じられた。花咲さんは社交性のある人と関係を築くべきだ。
「少なくとも私はそう思ったことは一度も無いよ。私は涼介くんと一緒に居たくて居るんだよ? 上手く言葉に表せれないけど涼介くんはきっと他人の目を気にしすぎなんだと思うよ」