初幕


 僕は普段から何事にも期待しない。
 希望を胸に抱き、追いかけた夢に限って僕から逃げるかの如く遠ざかって行くのだから。
 そんな僕にも(かつ)ては夢があった。それは全国中学校サッカー選手権大会で優勝を納めることだ。
 僕がサッカーに興味を抱いたのは今から(およ)そ七年前。ワールドカップ予選のスウェーデンと日本の試合を母親に連れられて観戦したのがきっかけだ。
 試合終盤。両者ともに得点数一ずつだが選手の状態を垣間見ると戦況はやや日本側が不利な状況だった。
 だが暗雲が立ち込めていた戦況を伊崎(いざき)選手が上書きした。
 デ一フェンスを見事に躱して行き、華麗な放物線を描いたシュートを放った。
 次の瞬間、母親を含めた観戦者等が勢い良く席を立ち大きな歓声を挙げた。
 耳を塞ぎたくなってしまう程の大きな歓声を耳だけでは飽き足らず全身で受け止めた僕は宙に浮いたような感覚に陥った。
 このとき僕が伊崎選手に抱いた思いは一つ。
【かっこいい】
 ガッツポーズをし、この場の誰よりも気持ちが高ぶっているこの人に僕は文字通り見惚れた。
 翌日、母親に懇願してサッカーボールを買ってもらい庭で蹴ってみた。
 思い通り飛んで行かない。つま先が痛い。
 このように最初こそ不慣れだったが地元のサッカーチームに加入させてもらい休日だろうが雨が降っていようが日が暮れても練習し、小学校を卒業する頃には全国各地からオファーが掛かる程にまでの成長を遂げた。
 中学校はサッカーが強いことで有名な強豪校へと入学し一切の迷い無くサッカー部へと入部した。
 サッカーに興味を抱いたあの頃より格段に思考力が発達したことに依るものか、この頃には夢が出来ていた。
 全国中学校サッカー選手権大会で優勝を納めたい。
 その夢を篝火(かがりび)に焚べる薪の如く原動力とし、学業と両立しながらも練習を積み重ね、一年生の冬頃にレギュラー入りを果たし後にキャプテンという立場になった。
 チームメイトとの仲も良好。
 上達していることを日々実感していた。
 夢を叶えられる。そんな気さえしていた。
 だが現実は妄想のように甘く無く非情であることを上には上がいて弱者は頂きには到底及ばないことを身に余る程思い知らされた。
 希望を胸に抱き夢を直向きに追いかけていた頃の僕は知る由もなかった。
 たった一度の失態でサッカーとの関係を断つことになるだなんて。