「お姉さま!」

 月夜が叫ぶと同時に縁樹はすぐに地面に降り立った。
 月夜が慌てて駆けつけると、暁美は悲鳴を上げながらのたうちまわっていた。


「違う、違う! あたしは月夜が憎いの! こんなのあたしの本心じゃない!」
「お姉さま?」

 月夜が眉をひそめると、縁樹が説明した。


「幻影です。過去に本人が見たものを再現する幻術の一種です」
「そんなことできるの?」

 縁樹は黙ってうなずき、暁美のそばに寄った。

 先ほど月夜が見ていたものは、過去の記憶に刻まれたものだったのだ。
 月夜自身は覚えていないが、実際に目に見えていたこと。
 兄と姉が自分に笑顔を向けてくれたあの出来事は、真実だったということだ。


「日陰に運びます」

 縁樹はそう言って暁美を抱えた。月夜が手伝おうとすると、暁美が叫んだ。

「汚らわしい! あたしに触らないで!」

 暁美は月夜の手を振り払い、暴れようとする。だが、力を失ってすぐにおとなしくなった。
 草木の生え伸びた樹木の下に暁美を運んだが、彼女はわずかな呼吸をようやくしながら震えている。


「お姉さま、お姉さま!」

 月夜が声をかけるも、暁美はもう目を開けることすらできないようだった。
 ほんの少ししか太陽に当たっていないのに、暁美は瀕死の状態になっている。

「どうして……?」
「暁美さんは妖力が強すぎた。すでに手遅れです」


 淡々と説明をする縁樹に、月夜は何か訴えるような目で見た。
 すると縁樹は少し神妙な面持ちで続けた。

「妖力に抗おうとする月夜さんと、自ら力を欲した暁美さんでは、受ける損傷があまりに違う」
「そ、それ……つまり」

 月夜が恐る恐る訊ねると、縁樹は真顔ではっきりと言った。


「暁美さんは死にます」
「そんな、何か手は……あっ、あの薬は?」
「効きません。月夜さん、言ったはずだ。彼女は殺すしかないと」

 わかっているが、感情が追いつかない。
 月夜はくらりと眩暈がして、耳鳴りまでした。


「つ、き……」

 暁美がうっすら目を開けて、わずかに手を動かす。
 月夜は恐る恐るその手を握った。

「お姉さま……すぐ、家に帰るから」
「……つき、よ」

 暁美は月夜と目を合わせることができず、ぼんやり宙を見上げている。


「どうして……あたしが、悪いの? 親の言うとおりに……生きて、きた……だけなのに……」

 月夜は暁美の手を握って歯を食いしばる。

「お姉さま」
「ああ……いやに、なっちゃうわ……こんなことなら、好きなように……生きれば、よかった……」


 暁美は目を閉じて、力なくうな垂れる。
 その際、彼女の頬を涙がつたって落ちた。


「お姉さま……?」

 動かなくなった暁美の身体を縁樹が抱え上げる。

「歩けますか? 月夜さん」

 月夜は放心状態で、なんとか小さくうなずいた。

「とりあえず戻ります」


 月夜は声を出せず、縁樹の背中を黙ってついて行く。
 空虚な心で重い足を進めていくと、それと相反するように空が明るくなっていって、まばゆい光が降り注いだ。

 縁樹の長い金髪は太陽の光に照らされてこの世のものとは思えないほど美しく輝いている。
 悲しくなるくらいに、きれいだった。
 
 身体よりも心が疲れ切っていて、何も考えられなかった。
 月夜は気が抜けたようにぼんやりと歩きながら、ひたすら涙が止まらなかった。