月夜と母が楽しそうに毎日嫁入りの支度をしている。
 暁美はそう思っているのだろう。
 彼女はこっそり月夜の様子をうかがうことが多かった。

 もちろん月夜は気づいている。
 暁美が悔しそうに歯噛みする姿も、月夜は遠目で見て悟った。
 だから、いつかきっと、両親に気づかれないように月夜の部屋へ来るだろうと踏んでいた。


 そして、ある午後のこと。
 昼食が終わったあとで暁美はやって来た。
 光汰は月夜の部屋への入室を禁止されていたが、女である暁美は別だった。
 彼女は見張りに退(しりぞ)くように命令し、堂々と月夜の部屋を訪れたのである。


「お金持ちに見初(みそ)められて、さぞいい気分でしょうね」

 暁美は腕組みをして鼻で笑いながら言った。
 月夜は真顔で暁美を見つめる。


「教育も受けていない花嫁修業もしていない、あんたみたいな女が上級華族の妻ですって? 笑わせるわ。あんたみたいな体質じゃ、社交の場に出ることだってできないでしょ。せいぜい大恥をかけばいいのよ」

 笑いながら指を差してのたまう姉に、月夜は動じることなく答える。


「ご忠告ありがとう、お姉さま」

 暁美はぐっと歯を食いしばり、拳を握りしめる。
 そして彼女は贈り物である月夜の着物にちらりと目をやった。

 それを月夜は察する。
 暁美が着物に手を伸ばすと同時に、月夜は彼女の腕をつかんだ。


「やめて、お姉さま。これ以上、私の物を奪うのは許さない」
「なっ……月夜のくせに生意気な口を()いて」

 暁美が手を振り上げようとするも、月夜の力に(かな)うはずがない。
 月夜は暁美の腕を壊さないように加減してつかみ、落ち着いた口調で話す。


「お姉さま、今どんな気持ち? 父と母を奪われ、この家での立場も奪われ、誰もあなたの声を聞いてくれない」
「うるさい! うるさいわよ、月夜!」
「たったひと月だよ。でも、私は4歳のときからずっとそういう扱いを受けてきたの」
「放してよ、ケダモノ!」


 暁美は月夜の腕から逃れようと暴れ、その際に懐から金赤の髪飾りを落とした。
 月夜がそれに目をやると、暁美はにやりと笑った。

 ぱきん、と髪飾りが壊れた。
 暁美が足で踏みつけたのだ。

 目を見開いて呆然とする月夜を見て、暁美は高らかに笑う。 


「あんたにはそのほうがお似合いよ」