二時限目、三時限目、四時限目と終わり――変わらず白川には教科書を見せる事を強要されたが――無事昼休みを迎える事が出来た。
 一日ってこんなに疲れるものだったかな。一日の体力は既に消費しきっており、限界を迎えそうになりながらも昼食にしようと机の横に掛けていた鞄を手に取る。

「遠海さん、白川くん、ちょっといいかな」

 ふわふわとした穏やかな口調で声を掛けられ、顔を上げる。すると、そこには柔らかな表情を浮べた来栖先生が立っていた。
 来栖先生から呼び出しをされる事は決して珍しくない。寧ろ、頻繁にある方だ。しかし、今日は何故だか白川も一緒である。嫌な予感がし始めるが、流石に担任からの呼び出しをぶっちぎる訳にはいかない。渋々来栖先生の言葉に頷き、タブレットとペンシルを手に席を立った。

 来栖先生の後に続き、白川と共に廊下を歩く。
 編入生だからか、それともその顔のせいか。白川はやけに、生徒の目を引く。「あんな子居たっけ?」と囁く声が耳に届くが、その声は熱を孕んでいてどんな感情を抱いているのかが手に取る様に分かった。
 そんな好奇の眼差しの中を潜り抜け、なんとか職員室に辿り着き来栖先生と共に中へと入る。職員室は冷房が効いていて、滲んだ汗のせいかより一層の冷たさを感じた。

「呼び出しちゃってごめんね、大した用事じゃなかったんだけど」

 来栖先生がデスクに着き、曖昧な口調で話し始める。

「遠海さんに、白川くんの校内案内を頼みたくて」

「校内案内?」

 先に反応したのは、隣に立っていた白川の方だった。タブレットでペイントツールを開き、〈何故ですか〉と書いてディスプレイを来栖先生に見せる。

「本来なら担任である私がするべきなんだけど、遠海さんと白川くんは席が隣同士でしょ? それに、仲良くなるきっかけになると思ってね」

〈私に頼まなくても、校内案内を引き受けてくれる女子は沢山居ますよ。席が隣だからといって、わざわざ私と仲良くならなくてもいいかと〉

「うぅん」来栖先生は困った様に唸る。「そう言わないで、ね? 案内してあげて欲しいな」

〈お断りします〉

 ディスプレイの文字を見た来栖先生が、悲しそうに顔を歪めた。美人で優しい彼女にそんな顔をさせたい訳では無いのだが、先程も告げた通り、隣同士だからといって親しくする義理は無い。

「どうしてか、理由を聞いてもいいかな」

〈足に響くので〉

「それは……」先生なりに思う事があったのだろう。何かを言い掛けるが、上手い言葉が浮かばなかったらしく、悩む様に視線を彷徨わせたのち「そうね」と静かに頷いた。
 三人の間に、暫しの沈黙が流れる。白川は何を考えているのか分からない顔で来栖先生を見つめていて、来栖先生は必死に言葉を探しているのかまごついていた。
 このまま此処に居ても、時間を無駄に消費するだけだ。〈失礼します〉と書いたディスプレイを見せ、来栖先生に小さく頭を下げた。
「遠海さん」先生が私を呼び止めるが、気にせず(きびす)を返し職員室の扉の方へ向かう。「待って」焦る気持ちも分からなくは無いが、一学期の私を見てきているのだから来栖先生だって分かるだろう。そもそも、私がすんなり引き受けるとでも思っていたのだろうか。
 私を呼び止めようとする焦った先生の声を背で聞きながら、職員室を後にした。