ソファにだらりと座りながらスマホの電源を入れ、メッセージアプリを開く。アプリの連絡先一覧の一番上にあるのは〝北条涼太〟の名前。四日前のカフェで、何かあったらすぐに連絡出来るようにと連絡先を交換したのだ。新規の連絡先だからか、名前の前に小さな字でNewと書かれている。
 ――憧れの作家と連絡先を交換した。その事実に喜悦を感じない事も無いのだが、それよりも今はその下にある〝白川雪斗〟の名の方に視線が吸い寄せられた。白川のトークルームを開き、ゆっくりと画面をスクロールして過去の会話履歴を眺める。
 そしてメッセージ入力画面を開き、届かないと分かっていながらも気持ちを文字に変えてゆく。

〈何で、私を庇ったんだ〉

〈全ては、余所見していた私の責任なのに〉

〈王子様になりたかったんじゃないのか。王子様が眠っていたら意味が無いだろ〉

〈それになんだあの御守りは。あんなもの買う位なら直接言ってこい〉

 送信を繰り返し、今日の日付のメッセージが四件も並ぶ。しかし、それらに既読マークが付く事は無い。

〈好きだよ、白川。早く、お前に会いたい〉

 五件目。やはり、既読マークは付かない。当たり前の事だと分かっていても、それが胸に重く伸し掛かる。
 小さく溜息をつき、ソファの背凭れに身を預けた。私の二つ前の受付番号が表示されたモニターをぼんやりと眺める。
 ――確か、十一月の半ば頃だった。白川が、唐突に病院に付き添うと言い出したのは。
 あの日だけだと思っていたが、何故だか白川はそれから二週間に一度の病院に毎度付き添う様になった。理由を聞いても、「一人で時間潰すのも面倒だし」や「大きい病院って面白いから」なんて言って真面目に答えようとはしなかった。混んでいる日にはカウンセリング一つ受けるのに一時間や二時間待つ事だってあるというのに、彼は文句など一切言わず、待ち時間ずっと話し相手になってくれていた。こいつに何のメリットがあるのだろうか、病院なんて居心地が悪いだけなのに、なんてずっと思っていたが、あの御守りを見てしまった今その理由が分かる様な気がした。
 突如、手の中のスマホが短く振動する。まさか白川が目を覚まし、私のメッセージを見てくれたのではないか。そんな淡い期待が沸き上がり、慌ててスマホに視線を落とした。しかし、当然というべきか白川では無く、別の人物からのメッセージの様だった。
 私のこのメッセージアプリには、二人分の連絡先しか登録されていない。一人は白川、そしてもう一人は彼の父、北条涼太だ。そう考えると必然的に、北条涼太からのメッセージという事になる。
 まさか、本当に白川が目を覚ましたのか? 期待と不安で心中がぐちゃぐちゃになりながらも、北条涼太とのトークルームを開く。

「……?」

 彼から送られてきたのは、「無題」と書かれた一件のテキストファイル。そのファイル以外にメッセージは無く、ただ有効期間とファイルのサイズが表示されているだけだ。疑問に思いつつ、そのファイルをタップする。すると読み込み中の文字が数秒間表示され、画面いっぱいに文字が書かれたファイルを映し出した。
 
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