白川が事故に遭って、四日が過ぎた。彼は今も、ICUのベッドの上で眠っている。
 バイタルは安定していて、容態の急変も無いというのに、彼は未だに目を覚まさない。これが所謂、昏睡状態というものなのだろうか。
 花も何も無い殺風景なICUを見ていると酷く心が痛んだ為、四日目の今日花を買って来た。――と言っても、生花など飾れる訳が無い。そんな事最初から分かっていた為、ガラスケースに入れられた小さなプリザーブドフラワーを選んだ。
 林檎型のカゴの中に、赤い薔薇が一輪入れられ、その周りを囲む様に黄色いカスミソウが散りばめられている〝白雪姫〟と名付けられたものだ。何故わざわざ数あるプリザーブドフラワーの中からこれを選んだか。それは、かつて白川が「白雪姫が好きだ」と言っていたから、というのもあったのだが、白雪姫は一度死して尚蘇生した人物だからだ。それはあくまで空想の中の話でしか無いが、それでも、白川が目を覚ます様にと願掛けとしてこれを選んだ。
 いくらガラスケースに入っていても、ICUの中にこれを持ち込む事が出来ない事は分かっている。だがせめて彼の近くに置いておきたいと思い、ICUの外、ガラス張りになった場所の木枠に置いても良いかと病院関係者に交渉してみる事にした。すると、看護師は最初拒絶する様な素振りを見せたものの、白川の手術を担当してくれた医者が快く承諾してくれた。
 そのお陰で、小さな林檎のプリザーブドフラワーは今もベッドで眠る白川を見守ってくれている。これが少しでも、彼が目覚めるきっかけになる事を願って、今日は早めに病院を後にした。

 ――事故に遭って四日目である今日は土曜日。二週間に一度の、通院の予約が入っている日だ。本当なら今日も一日白川の傍に居たかったのだが、流石に四日間も目覚めない彼を見ていると気が滅入ってしまう。カウンセラーの瀬那先生と話して少しでも気を紛らわせようと、大学病院からタクシーを使って市立病院へと向かった。
 幸いにも、市立病院まではあまり距離が離れていなかった為、時間もお金も然程掛からなかった。タクシーの運転手には乗車する際に声の事は伝えていた為に話し掛けられる事は無かったのだが、お互い無言の気まずい空気は当然ながら気分の良いものでは無い。故に、短距離であればある程ありがたいのだ。
 精神的疲労を抱えながら、覚束ない足取りでタクシーを降りる。久しぶりに持った、タブレットを入れたカバンが重い。肩に食い込む持ち手に痛みを感じながらも、足を引き摺りつつ病院へと入った。

 精神科で受付を済ませ、黒いソファに腰を掛ける。今日は待合室にいる患者の人数が少ない。待ち時間が短くて済みそうだ。
 壁時計が指すのは十三時。約三十分でカウンセリングが終われば、十四時にはリハビリ科の方へ行ける。リハビリも長くて、三十分から四十分程度だ。それから急いで向かえば、十五時には大学病院には戻れるだろう。そんな事を、ぼんやりと考える。
 事故に遭ってから、私の生活は白川中心となった。朝起きて、真っ先に考えるのは白川の事。彼は目を覚ましただろうか、と淡い期待を抱きながら急いで身支度を整える。事故に遭った当日の夜なんて、白川は事故になんて遭っておらず、あの優しい笑顔で自宅を訪ねてくる夢を見て、深夜に目を覚まし朝まで泣き続けた。
 白川が目を覚ましていますようにと祈りながら大学病院へと向かい、ICUの中で眠る彼を見ては虚脱感に襲われる。今日も駄目だったか、と。
 それから一日ICUのガラスに張り付いて白川を眺め続け、疲れればソファに座り、お腹がすけば食堂の方へと向かう。幸い、惣菜パン程度ならICUの前のソファで食べても良いと許可が貰えている為、食堂へ行かず院内のコンビニへ行く事もあった。