「まぁ、そう落ち込むなよ」

〈別に落ち込んでない〉

 社務所へ行っていた白川が、戻ってくるなりにやにやと腹の立つ笑いを浮べて私の肩をぽんと叩いた。コンマレベルの早さでその手を振り払う。
 拝殿でのお参りが終わり、神社内にあったベンチに腰掛けている私の手には〝凶〟と書かれたおみくじが一枚握られている。お参りが終わった後、折角だからおみくじを引こうと白川が言い出し、それに乗ってみればこの有り様だ。
 自販機で買ったばかりの熱々の缶コーヒーを膝の上に乗せ、暖を取りながらスマホで文字を打つ。

〈別に落ち込んではいないが金をどぶに捨てたとは思った〉

「めちゃめちゃ落ち込んでんじゃん」

〈だから落ち込んでない〉

 何故か愉快そうにわざとらしく溜息をついた白川が、私の目の前に長方形の何かをぶら下げて見せる。距離が近く、最初は何をぶら下げられているのか分からなかったが、徐々にピントが合ってそれが小さな御守りだと言う事に気付いた。思わず手を出すと、ぽとりとその御守りが手の内に落とされる。

「無難に学業成就にしといた」

〈わざわざ買って来てくれたのか。ありがとう〉

「まぁ、初詣で御守り買わないのは無いな、と思ってな。他にも色々あった。子宝祈願とか」

〈なんで数ある御守りの中からそれを選んだんだ〉

「子供は多い方が良いじゃん」

「……」

 どっこいしょ、と声をかけ白川が私の隣に腰を掛ける。その瞬間、白川がコートのポケットに赤い御守りを入れたのが見えた。

〈白川は、何を買ったんだ〉

「え? 御守り」

〈いや、そうじゃなくて〉

 私の言葉に、彼がなにやら考え込む様な表情を見せる。しかし、すぐさま普段の表情に戻り、「何買ったと思う?」と問い返してきた。年齢当ててみて、という女並みにうざい質問だ。

〈子宝祈願〉

 一気に興味が失せ適当に返すと、白川が「いや、なんで数ある御守りの中からそれ選んだ」とやや引き気味に言った。お前にだけは言われたくない。

「もっと真面目に答えろよなぁ」

 白川は口を尖らせるも、すぐにまぁいいやと言ってポケットから買ったばかりのものであろう缶コーヒーを取り出した。
 私が買ったコーヒーはミルク多めの甘いカフェオレ。しかし、白川の手に持たれているのは大人の男性が飲む様なブラックコーヒーだ。カシュ、と音を立ててプルタブを起こし、自然な流れでコーヒーに口を付ける白川の横顔を見つめる。
 白川はいつも、炭酸飲料やジュースばかりを好んで飲んでいた。そんな白川がまさかブラックコーヒーを選ぶとは思わず、なんだかいつもの彼ではない様な気がして変に鼓動が早まる。

「まぁ御守りなんか殆ど効果無いけどな。要するに気の持ちよう。こんなの気休め」

〈お前いつかバチ当たるぞ〉

「こんな、千円程度の御守り一つで願い叶ったら逆に困るし、バチだって当たらねぇよ」

〈じゃあなんで買ったんだ〉

「ノリと勢い」

〈本当にバチ当たり〉

 いつの間にか缶コーヒーを空にしていた白川が、ベンチのすぐ傍に置かれている缶専用のごみ箱に缶を投げ入れた。ガラガラと騒がしい音を立てて、白川が投げ入れた缶がゴミ箱の中の空き缶と混ざる。

「お参りも終わったし、寒いし、帰るか」

 寒いは余計だが、もう神社で出来る事は終わってしまった。三が日も終わったからか出店も無く、これ以上ここに留まる必要は無い。何となく名残惜しい気持ちになりながらも、白川の言葉に頷いた。
 ベンチから腰を上げ、自身の膝の上に乗せていたカフェオレをコートのポケットに押し込む。熱々だったカフェオレは雪と気温のせいか冷えるのが早く、触っていればなんとなく温かさを感じない事も無いが、カイロ代わりにはなりそうになかった。飲みながら帰る事も考えたが、この雪の中微妙な温度のカフェオレを飲むのは気が進まない。それなら、自宅に帰ってから温め直して飲む方が余程良いだろう。