〈初詣、行ってみるか〉
「え? 行くの?」
〈お前が行くって言い出したんだろ〉
パタパタとノートや教科書を閉じてテーブルの隅に追い遣り、善は急げとローテーブルに手を突いて立ち上がる。そして痛む足を引き摺りながらハンガーフックに掛けていたコートを羽織ると、背後から慌てた様子の白川がついて来た。
「そんな軽装で良いのかよ」
コートのポケットに財布やスマホを押し込んでいると、白川がコートを羽織りながら訝し気に言った。
〈そんなに遠くじゃないだろ〉
「いや、神社って……、あれ、初詣行くとは言ったけど神社って何処にあんの」
〈そんな事も知らないで初詣行くとか言ったのかよ〉
スマホで開いていたメッセージアプリを閉じ、仕方なく地図アプリを立ち上げる。縮小拡大を繰り返し、現在地から神社までの道のりがディスプレイに収まる様に表示させた。
その画面を無言で白川に見せると、「俺地図とか苦手なんだよなぁ」なんて零しながら彼がスマホを覗き込む。
「地図上だとめっちゃ近く見えるけど……」
白川の言葉に頷き、彼の手からスマホを抜き取る。そしてメッセージアプリを再び立ち上げ、白川にメッセージを送信した。
〈すぐそこの歩道橋を渡って、信号二つ渡ったら神社がある。それ程大きくは無いが〉
「へぇ」
〈知らなかったのか?〉
「いやだって、俺この街に引っ越してきてまだ一年経ってねぇし。知らない場所だらけだわ」
白川の言葉に、そういえばそうだった、と納得する。
彼がこの街に来た正確な時期は分からないが、恐らくは去年の夏休み頃だろう。クラスメイトが夏休みを満喫している間、彼は編入試験やらで忙しかったに違いない。
そう考えると、冬休み位は白川にも何か記憶に残る事をして貰いたい、なんて思えてくる。
別に休みはこれが最後という訳でも無いし、また来年も再来年もあるのだが、何故だか白川には一度しかない学生生活を満喫して欲しいという願望があった。誰目線だよ、なんて自分自身にツッコミながらも、出来ればその思い出の中に、私もいられたら、なんて思ってしまう。来年の夏休みも冬休みも、再来年も。普段と変わらない顔で、その声で、私の名前を呼んでくれたら。そう思うのは、烏滸がましい事だろうか。
――いつの間にか、白川といる事が私の中で当たり前の事となっていた。
少し前までは、白川とのこれからの関係を考えるべきだ、とか、白川とは友達ではない、仲良くはない、なんて思っていたのに。そんな日々が懐かしく思えてしまう程、今は彼との関係も大きく変わっていた。
それでも、決して忘れた訳では無い。
私の周りの人は、いつか居なくなる。それは明日かもしれないし、十年後かもしれない。人間関係に、永遠は無い。
だからいつか、白川とも別れが来る。それは、覚悟の上だ。
その為にも、今のうちに白川との思い出を残しておきたい。少しでも、白川の中に残れる様に。少しでも、私の中に白川が残る様に。
ざわざわと、胸の内で育ったものが揺れる。幹がしなり、葉が震える。
――それでも、失いたくない。ずっと一緒にいたい。出来れば、永遠に。
玄関へと向かっていく白川の背を眺めながら、そんな儚い希望を抱く。
「遠海? 何してんの?」
玄関のドアノブに手を掛けた白川が、振り返り此方に視線を向けた。そのいつも通りの顔と声に、思わず感傷的な気持ちになってしまう。
あと何回その顔が見れて、あと何回その声が聞けるだろう、と。
――なんでもない。
そう言いたくても相変わらず私の喉は塞がったままで、無言で首を横に振り白川の元へと向かった。
*
「え? 行くの?」
〈お前が行くって言い出したんだろ〉
パタパタとノートや教科書を閉じてテーブルの隅に追い遣り、善は急げとローテーブルに手を突いて立ち上がる。そして痛む足を引き摺りながらハンガーフックに掛けていたコートを羽織ると、背後から慌てた様子の白川がついて来た。
「そんな軽装で良いのかよ」
コートのポケットに財布やスマホを押し込んでいると、白川がコートを羽織りながら訝し気に言った。
〈そんなに遠くじゃないだろ〉
「いや、神社って……、あれ、初詣行くとは言ったけど神社って何処にあんの」
〈そんな事も知らないで初詣行くとか言ったのかよ〉
スマホで開いていたメッセージアプリを閉じ、仕方なく地図アプリを立ち上げる。縮小拡大を繰り返し、現在地から神社までの道のりがディスプレイに収まる様に表示させた。
その画面を無言で白川に見せると、「俺地図とか苦手なんだよなぁ」なんて零しながら彼がスマホを覗き込む。
「地図上だとめっちゃ近く見えるけど……」
白川の言葉に頷き、彼の手からスマホを抜き取る。そしてメッセージアプリを再び立ち上げ、白川にメッセージを送信した。
〈すぐそこの歩道橋を渡って、信号二つ渡ったら神社がある。それ程大きくは無いが〉
「へぇ」
〈知らなかったのか?〉
「いやだって、俺この街に引っ越してきてまだ一年経ってねぇし。知らない場所だらけだわ」
白川の言葉に、そういえばそうだった、と納得する。
彼がこの街に来た正確な時期は分からないが、恐らくは去年の夏休み頃だろう。クラスメイトが夏休みを満喫している間、彼は編入試験やらで忙しかったに違いない。
そう考えると、冬休み位は白川にも何か記憶に残る事をして貰いたい、なんて思えてくる。
別に休みはこれが最後という訳でも無いし、また来年も再来年もあるのだが、何故だか白川には一度しかない学生生活を満喫して欲しいという願望があった。誰目線だよ、なんて自分自身にツッコミながらも、出来ればその思い出の中に、私もいられたら、なんて思ってしまう。来年の夏休みも冬休みも、再来年も。普段と変わらない顔で、その声で、私の名前を呼んでくれたら。そう思うのは、烏滸がましい事だろうか。
――いつの間にか、白川といる事が私の中で当たり前の事となっていた。
少し前までは、白川とのこれからの関係を考えるべきだ、とか、白川とは友達ではない、仲良くはない、なんて思っていたのに。そんな日々が懐かしく思えてしまう程、今は彼との関係も大きく変わっていた。
それでも、決して忘れた訳では無い。
私の周りの人は、いつか居なくなる。それは明日かもしれないし、十年後かもしれない。人間関係に、永遠は無い。
だからいつか、白川とも別れが来る。それは、覚悟の上だ。
その為にも、今のうちに白川との思い出を残しておきたい。少しでも、白川の中に残れる様に。少しでも、私の中に白川が残る様に。
ざわざわと、胸の内で育ったものが揺れる。幹がしなり、葉が震える。
――それでも、失いたくない。ずっと一緒にいたい。出来れば、永遠に。
玄関へと向かっていく白川の背を眺めながら、そんな儚い希望を抱く。
「遠海? 何してんの?」
玄関のドアノブに手を掛けた白川が、振り返り此方に視線を向けた。そのいつも通りの顔と声に、思わず感傷的な気持ちになってしまう。
あと何回その顔が見れて、あと何回その声が聞けるだろう、と。
――なんでもない。
そう言いたくても相変わらず私の喉は塞がったままで、無言で首を横に振り白川の元へと向かった。
*