「編入生の俺が来ても我関せずで窓の外見てるし、初っ端から筆談だし。校内案内も即答で断るし。変わってんなこいつ、と思ってたけど、その変わってる所に惹かれたっていうか。なんか、あー、こいつ俺と似てんなって思ったっていうか。お前だけは、他の奴らとは違って信じられるんじゃないかって思った。そんだけ」

 再び、白川が笑った。その拍子に、私の肩に乗せていた彼の頭が僅かに揺れて、髪が頬を擽る。

「今は、遠海の事信じてるよ。それに――」

 ピコン、と、白川の言葉を遮る様に待合室に設置されていたモニターから電子音が鳴った。モニターに表示されているのは、自身の受付番号。

「ほら、行ってこい」

 私に凭れ掛かっていた白川が身体を起こし、私の背を押した。
 振り返り白川に目を遣るが、彼の表情はいつも通りだ。大事な話をしていたはずなのに、彼は平然としている。
 モニターに表示された番号は点滅しており、これ以上白川と話している余裕は無さそうだ。渋々と診察室へ向かい、軽くノックをして扉を開いた。

「こんにちは」

 診察室を開いた先に居たのは、いつも通り優しい表情を浮べているカウンセラーの瀬那(せな)(あらた)先生。短髪に黒ぶち眼鏡が良く似合う男の先生だ。
 クリーム色のテーブルを挟んで瀬那先生の向かいに座り、ぺこりと浅く頭を下げた。

「遠海さん、今日はいつもと少し違うね。何かあった?」

 瀬那先生の言葉に返答しようと手元に視線を落とすが、白川との会話の途中だった為片手にはスマホが握られたままだった。慌ててスマホをポケットに押し込み、カバンの中からタブレットとペンを取り出す。そんな私を見て、瀬那先生が「慌てなくていいよ」と朗らかに笑った。

〈いつも通りです。多分〉

「多分?」

〈直前まで友人と話していて。会話の途中だったので〉

「そうだったんだね。直前、という事はメールでもしていたのかな」

〈いえ、その友人が今日は付き添ってくれていて。最近ではアプリで会話する方が楽なので、スマホを使う事の方が多いです〉

 そう書いたタブレットを見せると、瀬那先生が驚いた様に目を瞬かせた。

「今までも、こうしてお友達と一緒に来た事はあった?」

〈今日が初めてです〉

「そっかそっか。そのお友達と、今日一緒に来る事になった経緯を聞いても良いかな?」

「……」

 瀬那先生の言葉に、数日前の事を思い出す。
 そういえば、瀬那先生には白川の話をした事がなかった。白川と毎日家で過ごしている事も、学校で常に行動を共にしている事も、瀬那先生は知らない。
 何処から話せば良いのだろうか、と考えあぐねていると、先生が言葉を続けた。

「ここ最近の遠海さんが、前より僕と長くお話してくれる様になった事に関係があるのかな」

 その言葉の意味が分からず、ペンを握ったまま首を傾げる。

「今まで……そうだね、大体夏頃位までかな。悪く聞こえてしまうかもしれないけれど、遠海さんは僕と事務的な会話しかしてこなかったんだよ。好きな事を聞いても、最近何をしているか聞いても、〈特に何もない〉というだけでね。でも最近になって少しずつ言葉が増えてきて、読書を趣味にしている事とか、好きな作家の事とか、今まで読まなかった漫画を読む様になった事とか、料理をする様になったとか、色々教えてくれる様になって、話す時間が前に比べて平均で十五分も増えてるんだよ」

〈そんなに増えてましたか〉

「遠海さんは気付いていなかったんだね。僕は遠海さんの心に何か変化があったんだと思っていたんだけど、そのお友達が遠海さんを変えたんじゃないかな」

 心の、変化。
 自分では、細かな事は分からない。瀬那先生と事務的な会話しかしていなかった自覚すらなかった位だ。私は相当鈍いのかもしれない。
 しかし、私の心に変化を与えたとすれば、それは紛れもなく白川だろう。

〈先生、人の心に花が咲く事はありますか?〉

 私の言葉に、瀬那先生が首を傾げて「ん?」と問い返した。
 だいぶ不可解な質問をしてしまった様だ。慌てて【削除】ボタンを押し、ディスプレイにペンを走らせる。