「――北条涼太」
白川が呟く様に、とある人物の名を口にする。
「遠海なら、直ぐに誰か分かるよな」
分かるも何も、北条涼太は私がずっと焦がれていた小説家だ。白川は前に、私の家の本棚を見て彼の名を出した。私が知らない訳が無いと、白川も知っている筈だ。
彼は何故、この話の流れで北条涼太の話題を持ち出したのだろう。そう疑問に思ったのも束の間、ある憶測が頭の中に浮かぶ。いや、違うだろ。そんなまさか。
「それ、俺の父親なんだよね」
「――!」
まるで大した事ではないとでも言う様に、さらりと告げられた言葉。しかし私は、予測していたとはいえ過剰に反応してしまい、思わず持っていたスマホを落としそうになってしまった。
白川がメッセージアプリを閉じ、検索エンジンを開いた。そして慣れた手つきで〝北条涼太〟と検索をかけ、ヒットした顔写真を私に見せる。
「――……」
今まで幾度と無く見た、北条涼太の写真。しかし、今その写真を見せられて絶句した。
何故、初めて白川を見た時に気付かなかったのだろう。そう思ってしまう程、その顔は白川にそっくりだ。
彼からその事実を聞かされた後だから思う事なのかもしれないが、無言で北条涼太の写真を見せられたとしても二人が親子だという事に気付く気がした。それ位に、似ている。
「それを知ったクラスの連中がさ、親父が賞取った本持って俺の所来て『サイン貰えないかな』なんて言ってくんの。今まで特に仲良くなかった訳でも無い奴らもみんな。そこまでは、別に良かったんだよ。親父は昔から小説家目指してて、全然売れなかったし才能を買われる事も無かったけど、夢を追ってる姿はかっこよかったし、憧れてた。だから、親父の夢が叶って、著名人になって、俺も鼻が高かった。まぁ中学生なんて馬鹿だから、そんなもんだよな」
「……」
「事が大きく変わったのはその直後。癇癪起こした母親が、仕事着のまま……あ、仕事着ってアレな、水商売してる女が着てる派手なドレス。昼間の学校に乗り込んできたんだよ。俺に、親父を連れ戻してこいって。俺は特別親父に可愛がられてたし仲も良かったから、俺の言う事なら聞くと思ったんだろうな。まぁ母親は父親に愛情があった訳じゃなくて、完全に世間体と金目当てなんだけど。でも、俺からしたら昼間の教室に母親が乗り込んでくるとか堪ったもんじゃないじゃん。クラスの連中の目もあったしさ」
白川の言葉には答えず、メッセージアプリを開いたままのスマホを握り締めただぼんやりとディスプレイを見つめる。
「そっからかな。学校で俺が悪目立ちする様になったの。別のクラスの知らねぇ奴からも、『あいつの母親学校乗り込んできたんだって』とか陰で言われる様になって。でも別に、そうやって陰でなんか言われたり、孤立したりする事自体は大してつらいと思わなかったんだよ。ただ苦しかったのは……、今までずっと仲良くて、常につるんでた奴らが一気に掌返して俺から離れていった事。それが唯一の傷になった。まぁ、学校に水商売丸出しの恰好で乗り込んでくる母親を持つ男となんか仲良くしたくねぇよな、理解は出来んだけどさ」
彼の言葉が途切れたタイミングで、握り締めていたスマホを持ち直し文字を打ちこむ。
〈だから、あんな自己紹介したのか〉
「そう。最初から友達とか恋人とか作らなければ、最初から嫌われていれば、何かがあっても傷付かない。そう思ったから」
〈じゃあ、なんで私にはこうして絡むんだ。なんで私に、この話をしたんだ〉
私のメッセージを見た彼が、ふふ、と笑った。此処からでは顔は見えないが、乾いた笑いでは無い事は確かだった。
白川が呟く様に、とある人物の名を口にする。
「遠海なら、直ぐに誰か分かるよな」
分かるも何も、北条涼太は私がずっと焦がれていた小説家だ。白川は前に、私の家の本棚を見て彼の名を出した。私が知らない訳が無いと、白川も知っている筈だ。
彼は何故、この話の流れで北条涼太の話題を持ち出したのだろう。そう疑問に思ったのも束の間、ある憶測が頭の中に浮かぶ。いや、違うだろ。そんなまさか。
「それ、俺の父親なんだよね」
「――!」
まるで大した事ではないとでも言う様に、さらりと告げられた言葉。しかし私は、予測していたとはいえ過剰に反応してしまい、思わず持っていたスマホを落としそうになってしまった。
白川がメッセージアプリを閉じ、検索エンジンを開いた。そして慣れた手つきで〝北条涼太〟と検索をかけ、ヒットした顔写真を私に見せる。
「――……」
今まで幾度と無く見た、北条涼太の写真。しかし、今その写真を見せられて絶句した。
何故、初めて白川を見た時に気付かなかったのだろう。そう思ってしまう程、その顔は白川にそっくりだ。
彼からその事実を聞かされた後だから思う事なのかもしれないが、無言で北条涼太の写真を見せられたとしても二人が親子だという事に気付く気がした。それ位に、似ている。
「それを知ったクラスの連中がさ、親父が賞取った本持って俺の所来て『サイン貰えないかな』なんて言ってくんの。今まで特に仲良くなかった訳でも無い奴らもみんな。そこまでは、別に良かったんだよ。親父は昔から小説家目指してて、全然売れなかったし才能を買われる事も無かったけど、夢を追ってる姿はかっこよかったし、憧れてた。だから、親父の夢が叶って、著名人になって、俺も鼻が高かった。まぁ中学生なんて馬鹿だから、そんなもんだよな」
「……」
「事が大きく変わったのはその直後。癇癪起こした母親が、仕事着のまま……あ、仕事着ってアレな、水商売してる女が着てる派手なドレス。昼間の学校に乗り込んできたんだよ。俺に、親父を連れ戻してこいって。俺は特別親父に可愛がられてたし仲も良かったから、俺の言う事なら聞くと思ったんだろうな。まぁ母親は父親に愛情があった訳じゃなくて、完全に世間体と金目当てなんだけど。でも、俺からしたら昼間の教室に母親が乗り込んでくるとか堪ったもんじゃないじゃん。クラスの連中の目もあったしさ」
白川の言葉には答えず、メッセージアプリを開いたままのスマホを握り締めただぼんやりとディスプレイを見つめる。
「そっからかな。学校で俺が悪目立ちする様になったの。別のクラスの知らねぇ奴からも、『あいつの母親学校乗り込んできたんだって』とか陰で言われる様になって。でも別に、そうやって陰でなんか言われたり、孤立したりする事自体は大してつらいと思わなかったんだよ。ただ苦しかったのは……、今までずっと仲良くて、常につるんでた奴らが一気に掌返して俺から離れていった事。それが唯一の傷になった。まぁ、学校に水商売丸出しの恰好で乗り込んでくる母親を持つ男となんか仲良くしたくねぇよな、理解は出来んだけどさ」
彼の言葉が途切れたタイミングで、握り締めていたスマホを持ち直し文字を打ちこむ。
〈だから、あんな自己紹介したのか〉
「そう。最初から友達とか恋人とか作らなければ、最初から嫌われていれば、何かがあっても傷付かない。そう思ったから」
〈じゃあ、なんで私にはこうして絡むんだ。なんで私に、この話をしたんだ〉
私のメッセージを見た彼が、ふふ、と笑った。此処からでは顔は見えないが、乾いた笑いでは無い事は確かだった。