休日である、土曜日の十三時。二週間に一度通っている市立病院の精神科待合室にて、設置された黒いソファに私と白川は並んで座っていた。
カウンセラーとの筆談用にタブレットとペンは持参しているが、白川と会話する時はスマホを使う事が多くなった。食事の際は白川にまでスマホを持たせる事になってしまう為タブレットで筆談をしているが、それ以外の時はメッセージアプリを使った方が早いという事が分かり、今では学校でもそのアプリを使用している。
少し前までは、病院ではスマホの電源を切る、が常識とされていたが、最近ではその常識も薄れてきていた。待合室に座っている患者の殆どがその手にスマホを持っていて、中には最新のポータブルゲーム機で遊んでいる子供もいる。流石に、電話をしようとする者は居ないが。
科によってはスマホ含む電子機器の電源を切る様に言われる、もしくは回収されるところもあるのだろうが、病院側もある程度スマホの使用を認めているらしい。そのお陰で、白川と会話をするのにスマホが使えて楽だった。
「市立病院って意外とでかいんだな」
ソファに深く沈み込んだ白川が、ぽつりと呟く。
〈まぁ、殆どの科が入ってるからな〉
メッセージアプリで白川に返事をすると、彼の視線が手元のスマホに落ちた。すると白川が何やらスマホを器用に操作し、私に一件のメッセージを送ってきた。――いや、メッセージでは無く、可愛らしい絵柄のスタンプだ。「なるほど」の文字が添えられたくまのスタンプは、白川が使うには可愛すぎるもので違和感しかない。
最近、白川は会話中にスタンプを多用する様になった。私が使うならまだ分かるのだが、言葉を発する事が出来る白川が使うのは謎だ。それに、そのスタンプは有料のアイテムだった。何故金を払ってまでスタンプを使うんだ、なんて疑問も浮かぶ。
〈最近よくそのスタンプ使ってるな〉
なんとなくそう送ってみると、白川が「送る相手、遠海しかいないんだよ」と言った。
〈じゃあなんで買ったんだ〉
「可愛いし、このアプリと言えばスタンプじゃん」
〈それは知らんが。でも、送る相手が居ないなら買わなくても良いんじゃないか〉
「……」
白川がじとっとした目で此方を見つめ、不満げに溜息を漏らす。
そこでふと、編入初日の事を思い出した。夏休みが明けて三日が経った、九月三日の事。
あの時、白川は妙な自己紹介をした。
――『勉強は嫌い、運動も嫌い、学校がそもそも好きじゃない。人付き合いも友達作りも怠い。恋愛は、まぁ興味無くは無いけど、付き合うとか面倒なんでする気はないです。よろしくしたくないけど、一応よろしく』
送る相手がいない、なんて言って私に乱用する位なら、何故あの時あんな自己紹介をしたのだろう。友達が欲しい、仲良くして欲しい、と言っていれば、今頃白川は色んな相手にそのスタンプが使えたのではないだろうか。
〈学校で友達を作ればいいだけの話だろ。お前があんな自己紹介するから人が寄らなくなったんじゃないか〉
「あー……」
白川が曖昧な反応を示し、徐に私に凭れ掛かり肩に頭を乗せた。
突然のその行動に驚くが、最近白川の距離が近くなったからか少し前までの様に過剰な反応をする事は無くなった。寧ろ、こうして近くにいる方が安心する様になった気さえする。
触れ合った場所が熱を帯びるのを感じながらも、その体温が心地良い。なんだかこのまま、眠ってしまいそうになる。
「――話してなかったっけ、あの自己紹介の理由」
白川の言葉に、ふと意識が引き戻された。
そうだ、自己紹介の話をしていたのだった。片手でスマホを操作し、〈多分聞いてない〉とメッセージを送る。
彼は最初こそ、その顔の良さと編入生という珍しさから好奇の目で見られていたが、今では白川に自ら関わろうとする人間は居なくなっていた。私の様に特別避けられている訳では無さそうだが、私が居なければ彼は常に一人だ。最初は冷淡少女の私とばかりつるんでいる故に同類だと思われているのではないかと案じたものだが、特にそういった目で見られている様子も無く、彼自身が自ら一人を望んでいる様にも感じた。
「中学の頃はさ、それなりに仲良い奴とかいたんだよ。放課後どっか店寄ったり、遊んだりする位には仲良い奴。こう見えて、告白とかもたまにされてたし」
〝告白〟の言葉に、そりゃこの見た目していれば女子からは好かれるだろうな、なんて思う。更には、自分が持て囃される見た目をしてるって無自覚だったのかよ、と思わずツッコミそうになってしまうが、ここで茶々を入れても仕方が無い為黙って頷いた。
「親が離婚した事は成り行きでクラスの連中に話してたし、旧姓も、聞かれれば答えてた。あ、俺白川になったの高校に入ってからなんだよ。前に言っただろ、白川は母親の姓だって。普通だったら離婚後直ぐに姓が変わるんだけど、その辺はまぁ、学校側が配慮してくれたのか中学卒業までは旧姓のままだったんだよ」
旧姓。思い返してみれば、白川の両親が離婚する前、彼がなんという姓で生きていたのかなんて考えた事が無かった。
中学生は好奇心旺盛な時期だ。なんでも知りたがる多感な年齢でもある。きっと離婚の事だって、原因やその当時の状況などを根掘り葉掘り聞いてくる子達も居たのだろう。なんとなく、想像がつく。
カウンセラーとの筆談用にタブレットとペンは持参しているが、白川と会話する時はスマホを使う事が多くなった。食事の際は白川にまでスマホを持たせる事になってしまう為タブレットで筆談をしているが、それ以外の時はメッセージアプリを使った方が早いという事が分かり、今では学校でもそのアプリを使用している。
少し前までは、病院ではスマホの電源を切る、が常識とされていたが、最近ではその常識も薄れてきていた。待合室に座っている患者の殆どがその手にスマホを持っていて、中には最新のポータブルゲーム機で遊んでいる子供もいる。流石に、電話をしようとする者は居ないが。
科によってはスマホ含む電子機器の電源を切る様に言われる、もしくは回収されるところもあるのだろうが、病院側もある程度スマホの使用を認めているらしい。そのお陰で、白川と会話をするのにスマホが使えて楽だった。
「市立病院って意外とでかいんだな」
ソファに深く沈み込んだ白川が、ぽつりと呟く。
〈まぁ、殆どの科が入ってるからな〉
メッセージアプリで白川に返事をすると、彼の視線が手元のスマホに落ちた。すると白川が何やらスマホを器用に操作し、私に一件のメッセージを送ってきた。――いや、メッセージでは無く、可愛らしい絵柄のスタンプだ。「なるほど」の文字が添えられたくまのスタンプは、白川が使うには可愛すぎるもので違和感しかない。
最近、白川は会話中にスタンプを多用する様になった。私が使うならまだ分かるのだが、言葉を発する事が出来る白川が使うのは謎だ。それに、そのスタンプは有料のアイテムだった。何故金を払ってまでスタンプを使うんだ、なんて疑問も浮かぶ。
〈最近よくそのスタンプ使ってるな〉
なんとなくそう送ってみると、白川が「送る相手、遠海しかいないんだよ」と言った。
〈じゃあなんで買ったんだ〉
「可愛いし、このアプリと言えばスタンプじゃん」
〈それは知らんが。でも、送る相手が居ないなら買わなくても良いんじゃないか〉
「……」
白川がじとっとした目で此方を見つめ、不満げに溜息を漏らす。
そこでふと、編入初日の事を思い出した。夏休みが明けて三日が経った、九月三日の事。
あの時、白川は妙な自己紹介をした。
――『勉強は嫌い、運動も嫌い、学校がそもそも好きじゃない。人付き合いも友達作りも怠い。恋愛は、まぁ興味無くは無いけど、付き合うとか面倒なんでする気はないです。よろしくしたくないけど、一応よろしく』
送る相手がいない、なんて言って私に乱用する位なら、何故あの時あんな自己紹介をしたのだろう。友達が欲しい、仲良くして欲しい、と言っていれば、今頃白川は色んな相手にそのスタンプが使えたのではないだろうか。
〈学校で友達を作ればいいだけの話だろ。お前があんな自己紹介するから人が寄らなくなったんじゃないか〉
「あー……」
白川が曖昧な反応を示し、徐に私に凭れ掛かり肩に頭を乗せた。
突然のその行動に驚くが、最近白川の距離が近くなったからか少し前までの様に過剰な反応をする事は無くなった。寧ろ、こうして近くにいる方が安心する様になった気さえする。
触れ合った場所が熱を帯びるのを感じながらも、その体温が心地良い。なんだかこのまま、眠ってしまいそうになる。
「――話してなかったっけ、あの自己紹介の理由」
白川の言葉に、ふと意識が引き戻された。
そうだ、自己紹介の話をしていたのだった。片手でスマホを操作し、〈多分聞いてない〉とメッセージを送る。
彼は最初こそ、その顔の良さと編入生という珍しさから好奇の目で見られていたが、今では白川に自ら関わろうとする人間は居なくなっていた。私の様に特別避けられている訳では無さそうだが、私が居なければ彼は常に一人だ。最初は冷淡少女の私とばかりつるんでいる故に同類だと思われているのではないかと案じたものだが、特にそういった目で見られている様子も無く、彼自身が自ら一人を望んでいる様にも感じた。
「中学の頃はさ、それなりに仲良い奴とかいたんだよ。放課後どっか店寄ったり、遊んだりする位には仲良い奴。こう見えて、告白とかもたまにされてたし」
〝告白〟の言葉に、そりゃこの見た目していれば女子からは好かれるだろうな、なんて思う。更には、自分が持て囃される見た目をしてるって無自覚だったのかよ、と思わずツッコミそうになってしまうが、ここで茶々を入れても仕方が無い為黙って頷いた。
「親が離婚した事は成り行きでクラスの連中に話してたし、旧姓も、聞かれれば答えてた。あ、俺白川になったの高校に入ってからなんだよ。前に言っただろ、白川は母親の姓だって。普通だったら離婚後直ぐに姓が変わるんだけど、その辺はまぁ、学校側が配慮してくれたのか中学卒業までは旧姓のままだったんだよ」
旧姓。思い返してみれば、白川の両親が離婚する前、彼がなんという姓で生きていたのかなんて考えた事が無かった。
中学生は好奇心旺盛な時期だ。なんでも知りたがる多感な年齢でもある。きっと離婚の事だって、原因やその当時の状況などを根掘り葉掘り聞いてくる子達も居たのだろう。なんとなく、想像がつく。