「そういえば、次の休み何すんの?」

 料理を作り終え、配膳が終わった頃。白川が、唐突にそんな事を言い出した。
 学校が休みの日は、彼は朝から我が家で過ごす。白川の話によると、母親は朝の九時頃に帰ってくるらしい。その為、八時半頃には彼は既に我が家にいる。
 最初の頃は、流石に朝食や昼食まで私に作らせるのは申し訳ないと思っていたのかコンビニで弁当などを買ってきていたが、最近では朝も昼も夜も私が作る様になった。
 白川は父親と仲が良い様で、父親から養育費の一環として月に定額小遣いを貰っているらしい。離婚の原因こそ知らないが、彼の父親は母親の性格を熟知しているのだろう。養育費を振り込んでも白川に充てられる事が無いと分かっているらしかった。しかしその小遣いだって、自由に遊びまわれる程の額では無い。それならばと、ある程度自由に金が使える私が負担する事にしたのだ。せめて、我が家でとる食事分位は。

〈次の休みは、病院の日だ。忘れてた〉

 スケジュール帳を確認すると、次の休日には〝病院〟の文字が書かれていた。もう前回の病院から二週間も経ったのか、などと思いながらスケジュール帳を閉じる。

〈白川には悪いが、今回も病院が終わるまで何処かで時間を潰していて貰うしかないな〉

「あ、その事なんだけど」

 先程スーパーで買ってきた炭酸飲料を飲みながら、白川が淡々とした口調で言葉を続けた。

「次の病院、俺も一緒に行こうかなと思って」

 白川は時々スーパーで炭酸飲料を買っては、中途半端に飲み残して帰っていく。グラスに注いで飲んでくれれば残りは私が消費できるというのに、ペットボトルに直で口を付けて飲むから残された側としては困ってしまう。中身の残ったペットボトルを見ながら悶々とする此方の身にもなって欲しいもので――
 え?
 そこでやっと、白川の言葉に理解が及び、炭酸飲料を見つめていた目を彼の顔へと遣る。
 暫く白川の顔を見つめるが、彼はそれ以上の言葉を続けようとはしなかった。
 病院、一緒に行くって言った? 何故? 今までそんな事一度も言わなかったというのに。
 驚きや困惑では無く、ただただ出てくるのは疑問のみ。握ったペンをタブレットに走らせ、〈なぜ〉と一言だけ問うと白川が妙な表情を浮べた。

「部外者って付き添ったらだめなの?」

 私の問いへの返答は無く、質問に質問を重ねられ頭を抱えそうになる。
 私が知る限りでは、部外者が付き添ってはいけない、といった規則は無い。友達に病院へ付き添って貰った、なんて言う人も世の中にはいる為、不可能では無いだろう。
 しかし、白川が私の病院に付き添う理由が無い。カウンセリングもリハビリも、この一年間一人で通ってきた。そしてその間、不便を感じた事は一度も無い。

「え? そんな駄目? 頭抱える程?」

 気が付けば私は、右手にペンを握ったまま頭を抱えていた。
 この厄介男の相手をするのは非常に疲れる。誰か会話だけでも代わってくれないか。

〈そんなに一人で時間潰すのが嫌なら、病院の予約日変えて貰うが〉

「別に時間潰すのが嫌な訳じゃねぇよ。俺が今までどんだけ一人で時間潰してきたと思ってんだ」

〈じゃあなんで〉

 彼の表情だけではあまりに情報が少なく、真意を知る事は出来ない。混乱する頭で、キャンバスの余白に〈何で〉〈何のために〉〈分かる様に説明しろ〉と殴り書いていく。

「いやまぁ、深い意味は無いんだけど」

〈説明になってない〉

「いずれ家族になるんだから、主治医に挨拶しておかないと――」

 白川が最後までいい終わる前に、握っていたペンを彼の額目掛けて投げつける。見事白川の額に叩き付けられたペンは跳ね返り、床の上を数回バウンドしたのち転がった。
 ――いずれ、家族になる。
 その告白にもプロポーズにも似たふざけた答えに、無様にも鼓動を高鳴らしながら、冷静に冷静にと心の内で唱えペンを拾い上げた。

〈バカな事言ってないで真面目に答えろ〉

「真面目に、ねぇ……」

 白川がやや困った様に眉を下げ、ペンを叩き付けられたせいで赤くなった額を撫でた。

「いや、まぁ明確な理由は無いんだよな。多分、言葉悪いけど〝気まぐれ〟が一番近しい気がする。ただ、遠海がどんな病院通ってんのか気になっただけ。迷惑なら、別にいいけど」

〈どんな病院って、何の面白みも無い普通の市立病院だぞ〉

「俺市立病院行った事無い」

〈お前怪我とか病気とかしなさそうだもんな〉

「馬鹿にされたのは分かるしキレたいところだけど事実だから何も言えない……」

 白川が不満げな顔をしながらも料理に手をつける。馬鹿話をしていたせいで、すっかり料理が冷めてしまった。温め直すか尋ねようとペンを握るが、白川は何も気にしていない様で、次々と料理が口の中に吸い込まれていく。
 そんな白川を見て、呆れ半分の溜息をつき、自身も箸を手に取った。