ローテーブルに並べられた、二人分の料理。自身の向かいに座った白川は、緊張でもしているのか表情が硬い。
 もう一年以上も私以外の人間が立ち入っていない家に、クラスメイトである白川がいる。不思議な感覚だ。何故家に上げてしまったのだろう。そもそも、何故声を掛けたのだろう。まさかこんな形で、手料理を振る舞う事になろうとは。
 ――そんな思考は、目の前の丸焦げになったハンバーグからの現実逃避だろうか。
 あの後白川と共にスーパーへ行き、普段買わない材料を買ってハンバーグを作った。人様に料理を振る舞うのなら、野菜炒めなんて質素なものは出せないと思ったからだ。
 ハンバーグは母の得意料理だった為、作り方は知っている。しかしどうやら料理というものは複雑で、知識があれば完璧に作れる、という訳では無いらしい。捏ね方が悪かったのか肉汁は全てフライパンの中に溢れ出てしまい、焼き方に問題があったのか真ん中に割れ目が入り、更には真っ黒に焦げてしまっている。作ったハンバーグソースはなんだか色が黒く、とてもじゃないが美味しそうには見えない。

〈すまなかった〉

 居た堪れなくなりながらも、料理の隣に置いたタブレットにペンを走らせる。

「い、いや、俺も料理出来ないし! ハンバーグってオーソドックスとは言われてるけど難しい……よな? うん。形になっただけで上出来じゃん……」

 白川の精一杯のフォローが胸に刺さる。
 絶妙なフォローをされる位なら、失敗した事を笑われた方が幾らかマシだった。いや、笑われたらそれはそれで手が出ていた様な気もするが。
 しかし、見事な失敗具合である。誰もが作れるハンバーグを、ここまで失敗するなんて逆に才能ではないだろうか。そう内心自身を慰めながらも、皿の前に置いた箸を手に取った。そんな私を見て、白川も慌てて箸を手に取る。

「い、いただきます……」

 白川の言葉にこくりと頷き、既に割れたハンバーグを箸で崩した。そしてそれを口に運びつつ、上目遣いに白川の表情を盗み見る。

「あ、意外と美味しい」

 ――意外と。
 その言葉がぐさりと胸に突き刺さるが、白川の表情は僅かに緩んでいた。

〈悪かったな。意外と、なハンバーグしか作れなくて〉

「あ、悪いそういう意味じゃなくて」

 白川は焦った様に否定するが、続きの言葉を発する前にもう一口ハンバーグを口に含んだ。

「うちの母親料理しないから、常に惣菜とか冷凍食品だったんだよな。それも離婚する前の話だから、考えてみれば、人の手料理って殆ど食った事無い……かも」

〈だったら学食行けばいいだろ。学食も一応は手料理だぞ。なんでいつもパンなんだ〉

「え、だって遠海が学食行かないから」

〈は?〉

 白川がまた一口、ハンバーグを口にする。
 その手を止めない所を見るに、そこまで不味いという訳でも無いのだろう。私からすれば、肉はパサついていて硬いし、ソースは分量が悪いのか味が濃いし、とても食べれたものでは無いのだが。

「遠海が学食行ってたら、俺も学食行ってたと思う」

〈いや、なんで私基準なんだ〉

「なんでだろうな」

 ふふふ、と白川が意味有り気に笑う。気持ち悪い。
 そんな彼を見ていて、ふと少し前に放課後の教室で聞いた、椎名さんの言葉を思い出した。

『もしかして白川くん、遠海さんの事好きだったりする?』

 その問いに、白川は何も答えなかった。無言は肯定を意味する、なんて世間では言われがちだ。椎名さんの問いに、否定も肯定もしなかった白川は、一体何を考えているのだろう。
 好きじゃないなら、好きじゃないで別に構わない。嫌いだったら、少しだけ悲しい。――では、好きだったら?
 そこで、僅かな疑問が生まれる。何故私は、白川に嫌われていたら悲しいと思うのだろう。どうだって良かったはずなのに、別に仲が良いという訳でもないのに。
 そもそも、何故どうでもいい相手を、仲が良い訳でもない相手を家に上げているのだ。ここは母と二人で暮らしてきた大切な家だ。家賃も安くボロいアパートだが、母との思い出が詰まった、私が意地でも手放さなかった場所である。なのに何故、こんなにも簡単に――

「あのさ、突然なんだけど」

 白川の言葉に思考が遮られ、顔を上げた。