コートのポケットからスマホを取り出し、メモアプリを開く。
 買い物に行くのに、わざわざタブレットは持ち歩かない。言葉を発さずともレジを済ませる事は可能であり、更には最近では自動精算機を導入する店舗も増えていた。私が毎日の様に通っているスーパーもその一つだ。故に、スマホ一台あれば買い物位どうとでもなる。
 白川に近付き、スマホのディプレイを突きつける様にして見せた。ディプレイには、自身の言葉が電子の文字で打ち込まれている。
 私に気付いた白川が驚きながらも、慌ててイヤフォンを片耳外しスマホのディプレイと私の顔を交互に見比べた。

〈飯、食ったのか?〉

 書いたのは、たった一言。
 何故ここに居るのか、何をしていたのかなんて事は聞かない。それは決して、重要な事では無いからだ。

「え、遠海? なんでここに居んの?」

〈夕飯の買い出し〉

「あ、え、夕飯? なんで、あ、そっか、ここスーパーの近くだっけ」

〈落ち着け〉

 白川は見て分かる程動揺していて、頻りに辺りを見渡している。まさか私と此処で偶会するとは思わなかったのだろう。
 彼の片手に持たれた無線イヤフォンからは、シャリシャリとやや激しめの音が聞こえてきている。彼がどんな音楽を好んでいるのかが気になり、そのイヤフォンに手を伸ばした。

「あ、」

 取ったイヤフォンを、片耳に差し込む。流れて来たのは、高い男性ボーカルの声。確か、ボーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラムスで形成された五ピースバンドだったはずだ。バンド名は、十五世紀のフランスの軍人、オルレアンの乙女と同じ名前だったと記憶している。今は解散してしまった、少し古いバンドだ。

〈有名なバンドの曲だな。好きなのか?〉

「好き、だけど。遠海知ってんの?」

〈有名だからな、流石に知ってる。それに、昔音楽雑誌で見た〉

「遠海も音楽雑誌とか読むんだ」

〈買わないけどな。本屋でたまに立ち読みする程度〉

 そこで、やや不自然に会話が途切れる。白川は何処か居心地悪そうに私から視線を逸らし、片耳から聞こえる曲は終わり次の曲に切り替わった。ギターのアルペジオから始まるアップテンポの曲だ。
 白川にしては意外な選曲だな、なんて思いながら先程と同じ問いをスマホに打ち込む。

〈飯、食ったのか?〉

 彼はやや気まずそうに「いや……」と言って曖昧な反応を示した。食ってないのか。

〈まだ家に帰らないんだろ〉

 私の問いに、小さく頷く。

〈じゃあ〉

 片耳から聞こえる男性ボーカルの紡ぐ歌詞がやけに明るくて、だがサウンドも心地良い程度に激しくて、久々に聴く音楽は良いな、なんて場違いな事を考えてしまう。
 きっと、その曲が私の好みに合っていたのだと思う。だから、珍しくも気分が良くてこんな事を言ってしまったのだろう。

〈うち来るか〉

「――え」

 驚いた様に僅かに目を見開く白川と、勢いに任せて言ってしまった事を瞬時に後悔する私。
 いや、後悔とは少し違う。別に白川を家に上げたくない訳では無い。ただ、この渦巻く感情を言葉にするのなら、やっぱり後悔が最も近しい気がした。

     *