「それって、誰基準で話してんの?」

 白川の、酷く冷めた声。顔を見なくとも、今彼がどんな顔をしているかが分かる。

「え、誰って……」

「好きになる要素が無い、って、それお前の基準だろ。別に無理してお前に遠海の事好きになれとは言わねぇよ。嫌いなら嫌いでそれでいい。でもその基準を、俺に押し付けんな」

 白川がそこで、言葉を区切る。しかし椎名さんは何も言わない。

「喋れないから、笑わないから何だ。俺は別に困ってない。そもそも、冷淡少女って勝手に呼び始めたのお前らだろ。遠海はまぁ、辛辣ではあるが別に冷淡ではねぇよ」

「……なにそれ、変なの」

「お前から見たら、俺は変なんだろうな。まぁ、俺は遠海から変だと思われてなければそれでいいよ」

「……どうせ、遠海さんからも変だって思われてるよ」

「それを決めるのはお前じゃない」

 白川の言葉の後に、ガタン、と大きな音がした。二人のどちらかが、机や椅子を蹴ったのだろうか。穏やかでない空気に、流石にそろそろ仲裁に入った方が良いのではないかと引き戸の取っ手に手を伸ばす。しかし、それを遮る様に扉が勢いよく開いた。

「……」

 扉を開いたのは、椎名さんだった。鋭い眼光で私を睨めつけた後、低い声で「盗み聞き?」と問う。慌てて腕に抱えたタブレットを開くが、椎名さんは私を一瞥する事無く「趣味悪すぎ」とだけ言い残してその場を去っていった。
 椎名さんの後ろ姿に目を向けるが、彼女は一度も振り返る事無く大股で廊下を歩いていく。その背からは機嫌の悪さが滲み出ていて、彼女と決して仲が良い訳では無いというのに何故だか明日彼女と顔を合わせるのが憂鬱に思えた。

「遠海?」

 教室の中から白川に声を掛けられ、ふと我に返る。どうするべきかとあたふたしていると、彼が上履きの踵を床に擦りながら此方に歩いて来た。

「来栖先生との話、終わった?」

 教室の扉に凭れ掛かり、廊下に立ち竦む私に彼が何事も無かったかの様に問う。ぎこちなくもタブレットを起動し、急いでキャンバスに文字を書くと、珍しく彼が私のタブレットを自ら覗き込んだ。

〈待ってたのか?〉

「あぁ、うん。だって、帰りもバスだろ」

 彼の言葉に、こくりと頷く。

「先生、何だって?」

〈いや、特には〉

「なんだよそれ」

 なんと伝えれば良いか分からず、ペンを指の間でくるくると回す。椎名さんとの会話を、尋ねても良いものか。白川が何も言わないのなら、私も黙っているべきだろうか。
 しかし、引っ掛かるのは椎名さんの言葉。

『どうせ、遠海さんからも変だって思われてるよ』

 確かに、白川の事を変な奴だと思った事はある。編入初日、あんな自己紹介をしていたのに、何故私に此処まで関わるのだろうと疑問にも思った。