仲が良い、というのは、一体どんなものを指すのだろうか。中学の頃、私がまだ事故に遭う前は人並みに友達も居たし、楽しく学校生活を送っていたと思う。だが、その時の〝楽しい〟や〝嬉しい〟といった感情は、事故と共にあの場所に置いてきてしまった。故に、何をもって仲が良いというのかが今の私には分からないのだ。

「あのね、白川くんの事なんだけど」

 来栖先生が、声のトーンを落とす。

「彼、初日にあんな自己紹介したじゃない? その、人付き合いも友達作りも怠いって」
 
 白川が編入してきた日の事を思い出し、そういえばそんな事を言っていたな、なんて思いながら先生の言葉に頷く。

「私、実習の時や副担任だった時から色んな生徒の事見てきたけど、ああいった自己紹介をする子、初めてで……どうしていいか分からなくってね。いじめに遭ったりしないかとか、大きな問題が起こらないかとか、凄く心配していたの」

 先生が眉尻を下げ、悲しげに笑った。

「でも、白川くんが遠海さんと話しているのを見て、凄く安心した。二人の会話内容は勿論私には分からないけれど、遠海さんも前に比べて口数……? が、増えたみたいだし」

〈確かに会話する頻度は増えましたが〉

 今まで不要だった、モバイルバッテリーを購入した位だ。タブレットを使う頻度が増えた事は明白である。しかし、だからといって白川と私が仲が良い、というのは違う気がする。
 煮え切らない態度の私を見て、来栖先生が困ったような顔をした。

「遠海さんは、白川くんの事が好きじゃない?」

 来栖先生の言葉に、ペンを握る手に力が籠る。

「一方的に付き纏ってくる白川くんが、鬱陶しい?」

 私を見つめる彼女の瞳は、とても優しい。問い詰めている様にも聞こえるが、決して詮索するつもりは無いのだという事が伝わってくる。
 きっと、来栖先生ならどんな話だって真剣に聞いてくれるはずだ。私の中に芽吹いたこの感情の意味だって、彼女なら分かるかもしれない。
 だが今の私には、何も言えない。いや、正確に言うのであれば話すのが怖い。

〈すみません、そういうの、よく分からないです〉

 最初は本当に小さな、新芽の様なものだった。それが、白川と会話を交わす度、関わる度、幹を伸ばし、葉を付け始めた。これ以上それに、水を遣る様な事はしたくない。

〈今日はもう帰ります〉

「遠海さん……」

 何か言いたげな来栖先生に後ろ髪を引かれながらも、深々と頭を下げ踵を返した。痛む足を引き摺って職員室を後にし、後ろ手に扉を閉め深く溜息をつく。
 教室は同じフロアにある為、戻るのに時間は掛からない。だが、もしかするとまだ教室に人が残っているかもしれない。
 ――今は、誰かと顔を合わせる気分じゃない。
 なるべくゆっくり戻ろうと、タブレットを胸に抱き、壁に凭れかかりながらだらだらと教室の方へ足を進める。