「――それってさ」
ふいに白川が口を開いた。
「お前が冷淡少女って呼ばれてる事と関係あんの?」
その言葉に、何故だか心臓を冷たい手で掴まれた様な、全身から血の気が引いていく様な、妙な感覚に陥った。
冷淡少女と影で呼ばれている事を、特別気にした事は無かった。だというのに、白川にそれを知られていた、と考えるだけで何故だか絶望的な気持ちになる。
〈知ってたのか〉
「クラスの連中が話してんの聞いた」
【削除】ボタンを押し、真っ白に戻ったディスプレイを見て頭を悩ませる。
私の障害と、冷淡少女と呼ばれる様になった事に関係はあるのだろうか。完全な無関係では無いが、直接的に関係しているのかと問われればそうでは無い。
〈約、一年前〉
気が付けばペンを持つ手は動いていて、真っ白のキャンバスに自身の過去を書き始めていた。
〈中学三年生の夏、母親と海に行ったんだ〉
自身の過去を、こうして思い返しながら人に話すのは初めてかもしれない。来栖先生にだって、入学当時『大きな精神的ショックが原因で、中学三年生の夏頃から声が出なくなった』としか話していない。勿論、精神科の診断書を提出している為、診断書に過去が書かれていれば認知している人は存在している事になるが。
〈私が海に行きたいって我儘を言って、連れて行ってもらった。うちは父親が居なかったから、母は仕事で忙しかったんだよ。でも私があまりに我儘を言うものだから、無理に休みを作ってくれたんだろうな〉
〈海に行った日、母親は酷く疲れた顔をしていたのを覚えてる。それを見て、少しばかり罪悪感を覚えた事も〉
【削除】ボタンを押さず、まるで日記でも書く様にキャンバス内につらつらと書いていく。不思議と、思い出す事や話す事に苦しさは感じなかった。
〈電車を降りて、海に向かっていた時だった。車が擦れ違うのがやっとの細い道を歩いていた。そこに、トラックが走ってきて〉
白川は、何も言わない。ただ黙って、私が区切りとして手を止める度に頷くだけだ。
〈トラック一台位であれば、細くても通れたんだ。でも、そのトラックは少し様子がおかしかったらしい。私はそのトラックの異変に気付かなくて、遠目に見える海にただはしゃぎながら道を走ってた〉
〈異変に気付いたのは、私を追いかけてた母だった。『そっちへ行かないで』って母が緊迫した声で叫んだのに、私はその言葉の重さに気付けなかった。それからは一瞬だったよ。母が私を突き飛ばしたと思ったら、トラックが母親を巻き込んで壁に激突してた〉
〈運が悪かったのか、なんなのか。トラックは倒れ込んだ私の両足までをも引き摺って、私も事故に巻き込まれた。折角母が、助けてくれたのに〉
〈のちに聞いた話だが、居眠り運転だったらしい。私の両足は神経がズタズタで、一生足に障害が残ると言われた。まぁ運が良くも今は杖無しに歩く事が出来ているけど、壁とトラックの間に押し潰されている母のあの痛ましい光景と、母の葬儀で揉める親戚、唯一の家族を喪った現実。その全ては私の精神を抉るには充分すぎたらしい〉
そこで、漸く白川が口を開く。
「それで、声を失った、と」彼の言葉に、コクリと頷く。「思ってた以上に残酷だな」
〈現実なんてそんなもんだ〉
「そうかもな、うちも似た様なもんだし。現実なんて――……」
白川の言葉が、ふと途切れる。
彼に目をやると、彼の顔には機械的な無表情が張り付けられていた。毎朝鏡で見る、自分の顔とよく似た表情だ。
「いや、全然似てねぇわ」白川が僅かに表情を崩す。「俺の話は、まぁよくある話だから」
〈聞いてもいい話か?〉
「何の面白みも無い話だけど、それでも良ければ」
白川の言葉に頷くと、彼が少し長めの溜息をついて、ぽつりぽつりと話し出した。
ふいに白川が口を開いた。
「お前が冷淡少女って呼ばれてる事と関係あんの?」
その言葉に、何故だか心臓を冷たい手で掴まれた様な、全身から血の気が引いていく様な、妙な感覚に陥った。
冷淡少女と影で呼ばれている事を、特別気にした事は無かった。だというのに、白川にそれを知られていた、と考えるだけで何故だか絶望的な気持ちになる。
〈知ってたのか〉
「クラスの連中が話してんの聞いた」
【削除】ボタンを押し、真っ白に戻ったディスプレイを見て頭を悩ませる。
私の障害と、冷淡少女と呼ばれる様になった事に関係はあるのだろうか。完全な無関係では無いが、直接的に関係しているのかと問われればそうでは無い。
〈約、一年前〉
気が付けばペンを持つ手は動いていて、真っ白のキャンバスに自身の過去を書き始めていた。
〈中学三年生の夏、母親と海に行ったんだ〉
自身の過去を、こうして思い返しながら人に話すのは初めてかもしれない。来栖先生にだって、入学当時『大きな精神的ショックが原因で、中学三年生の夏頃から声が出なくなった』としか話していない。勿論、精神科の診断書を提出している為、診断書に過去が書かれていれば認知している人は存在している事になるが。
〈私が海に行きたいって我儘を言って、連れて行ってもらった。うちは父親が居なかったから、母は仕事で忙しかったんだよ。でも私があまりに我儘を言うものだから、無理に休みを作ってくれたんだろうな〉
〈海に行った日、母親は酷く疲れた顔をしていたのを覚えてる。それを見て、少しばかり罪悪感を覚えた事も〉
【削除】ボタンを押さず、まるで日記でも書く様にキャンバス内につらつらと書いていく。不思議と、思い出す事や話す事に苦しさは感じなかった。
〈電車を降りて、海に向かっていた時だった。車が擦れ違うのがやっとの細い道を歩いていた。そこに、トラックが走ってきて〉
白川は、何も言わない。ただ黙って、私が区切りとして手を止める度に頷くだけだ。
〈トラック一台位であれば、細くても通れたんだ。でも、そのトラックは少し様子がおかしかったらしい。私はそのトラックの異変に気付かなくて、遠目に見える海にただはしゃぎながら道を走ってた〉
〈異変に気付いたのは、私を追いかけてた母だった。『そっちへ行かないで』って母が緊迫した声で叫んだのに、私はその言葉の重さに気付けなかった。それからは一瞬だったよ。母が私を突き飛ばしたと思ったら、トラックが母親を巻き込んで壁に激突してた〉
〈運が悪かったのか、なんなのか。トラックは倒れ込んだ私の両足までをも引き摺って、私も事故に巻き込まれた。折角母が、助けてくれたのに〉
〈のちに聞いた話だが、居眠り運転だったらしい。私の両足は神経がズタズタで、一生足に障害が残ると言われた。まぁ運が良くも今は杖無しに歩く事が出来ているけど、壁とトラックの間に押し潰されている母のあの痛ましい光景と、母の葬儀で揉める親戚、唯一の家族を喪った現実。その全ては私の精神を抉るには充分すぎたらしい〉
そこで、漸く白川が口を開く。
「それで、声を失った、と」彼の言葉に、コクリと頷く。「思ってた以上に残酷だな」
〈現実なんてそんなもんだ〉
「そうかもな、うちも似た様なもんだし。現実なんて――……」
白川の言葉が、ふと途切れる。
彼に目をやると、彼の顔には機械的な無表情が張り付けられていた。毎朝鏡で見る、自分の顔とよく似た表情だ。
「いや、全然似てねぇわ」白川が僅かに表情を崩す。「俺の話は、まぁよくある話だから」
〈聞いてもいい話か?〉
「何の面白みも無い話だけど、それでも良ければ」
白川の言葉に頷くと、彼が少し長めの溜息をついて、ぽつりぽつりと話し出した。