白川が編入してきたのは、昨日の朝の事。
 昨日は大変な一日だった。どいつもこいつも口を開けば白川白川と、編入生なのだから仕方ない事は理解しているが、流石に辟易としてしまう。
 今日も、彼は教科書を持っていないのだろうな。別に教科書を見なくとも先生が解説をしてくれるうえに、教科にもよるが黒板を見ていれば大体内容は分かる為白川に貸してしまっても良いのだが、それをしてしまうと感じが悪く見えるだろうか。別に白川にどう思われようが関係無いのだが、過去にあまりに人との関りを避けていたら「孤高のお姫様」と皮肉たっぷりに言われた事がある為突き放す事もしづらい。冷淡少女と呼ばれるのは然程気にならないが、孤高のお姫様だけは勘弁してほしい。
 現時点で、白川はクラスの女子達から好意的に思われている様だ。そんな白川に妙な真似をしたら今度こそ私の平穏は崩れ去る。

 着替えを終え、足を庇いながら寝室を出る。寝室を出る際、扇風機のボタンを足の親指で消したら重心が掛かっていた方の片足に激痛が走った。行儀の悪い事はするもんじゃない。
 リビングのソファに投げたままだったカバンを開き、昼食用に、と昨晩のうちにコンビニで買っておいた惣菜パンを詰める。
 わざわざ前日のうちから買っておかなくとも、私の通う高校には購買も学食もあるのだからそれらを利用すればよい話だ。購買のパンは、学校の近くのパン屋から仕入れているらしく美味しいと有名で、学食まで足を伸ばせばラーメンやチャーハンなど、温かい料理が学生価格で食べられる。
 だが私は足が不自由であり、更には歩く度に痛みを伴う為、当然ながら満足に校内を歩き回る事が出来ない。購買位なら行けるかもしれないと過去に一度行ってみた事はあったが、購買の前は食欲旺盛な男子生徒ですし詰めになり、私がパンの入ったカゴまで辿り着いた頃にはもぬけの殻だった。
 それからというもの、昼時には自席から動かなくて済む様に、学校帰り、もしくは夜間にコンビニやスーパーで翌日の昼食を買う様になったのだ。
 筆談用に、と特別持参を許可されているタブレットとペンを充電器から引っこ抜き、カバンに押し込む。教科書は学校の机の中に置きっぱなしにしているので、持ち物の準備はこれで完了だ。後は、身支度を整えるのみ。
 壁時計を一瞥し、時間に余裕がある事を確認してから脱衣所へと向かった。

 洗面台の鏡に映る、今は亡き母に良く似た自分の顔。
 日焼けをしていない肌は白く、化粧も普段からしない為肌荒れも無い。
 少々青み掛かって見える黒髪は傷みが無く艶やかであり、両耳のあたりでぴょんと跳ねた癖毛も母と同じである。私は、セットが面倒だというだけの理由で肩より少し長い位の位置で切ってしまっているが、母はもっと髪が長かった。この癖毛はどうやら長く伸ばすと巻き髪に見える様で、腰程まであった母の髪は毎日ヘアアイロンでセットしているかの如くくるくるとカールしていた。小さな頃には、母が童話の中のお姫様の様に見えてその髪に憧れを持っていた事を思い出す。
 母は、とても美しい人だった。絵画の中から出てきた様に整った顔立ちをしていて、近所の人たちからもよく持て囃されていた。
 そんな母と、生き写しの様にそっくりな自分。なのに、まるで美しく見えないのは私に表情が無いからだろうか。
 私は、常に笑顔だった母と違って表情が無い。母が生きていた頃は、母に影響されてそれなりに表情豊かだった気がするが、母を喪ってからというもの声だけでなく表情までをも失った。
 鏡に映る私は、母に似た人形だ。それも、失敗作の。
 嫌な夢を見てしまったからか、負の感情が止まらない。それらを全て溜息で誤魔化し、素早く身支度を整え脱衣所を後にした。

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