「――……」

 自室のベッドの上。ぱちりと目を開く。
 天井に向かって伸ばされた自身の腕には、無数の汗の粒が浮いていた。頭を動かして部屋を見渡し、やっとそこで、此処が自宅の寝室だという事に気付く。
 ――暑い。
 まだ早朝だというのに、今日は一段と暑い。九月に入り災害並みの暑さは和らいだはずなのに、これでは八月に逆戻りだ。このままベッドにいたら、溶けて一体化してしまいそうである。
 確か昨晩は気温が低く、窓からひんやりと心地よい風が流れ込んできていた。その風を遮って冷房を付けてしまうのが惜しく感じ、ベッドに横になったまま暫くその風に当たっていたのだ。開いたままの窓を見るに、どうやらそのまま眠りに落ちてしまったらしい。
 幾ら暑さが和らいだとはいえ、まだ九月だ。陽が昇れば気温も上がる。風に当たったままベッドで横になる位ならば、読書でもしていれば良かった。そうすれば、うっかり寝落ちてしまう事も無かっただろう。昨晩の行動を後悔しながら溜息をつき、ゆっくりと身体を起こした。

 また、あの夢を見た。
 一面青の世界。深海に沈んでいく様に身体が重く、熱いとも冷たいとも言えない何かが全身に纏わり付く。
 そして私は、ずっと母の姿を探している。もうこの世には居ない、母の存在を。
 あの夢を見た朝は、とりわけ気分が重かった。この後制服に着替え、学校に向かわなくてはならない事実が恨めしい。休日ならば、シャワーを浴びてもう一度眠りにつけるというのに。
 ベッドに座ったまま寝巻代わりのTシャツを脱ぎ、サイドテーブルに置いておいた汗拭きシートを手に取る。ふわりと鼻腔を抜ける、さっぱりとしたシトラスミントの香り。分厚めのシートを四つ折りに畳み、手早く全身の汗を拭っていく。
 汗を拭きながら片手でリモコンを操作し、ベッドの足元に置いていた扇風機を付けると凍えそうな程の冷感が自身を襲った。メントール配合のシートを使っているからだろう。急激に身体が冷えていくが、今の私にとってはよい清涼感だった。使い終わったシートをごみ箱に抛り、ぐっと身体を伸ばす。
 こんなシートに頼らず、出来る事ならシャワーを浴びたい。しかし、時間的にそれは厳しい。私がもっと早く起きれば良かった話なのだが、あまり早起きは得意では無く、更にはシャワーを浴びた後外出するのも好きでは無い。これは好き嫌いというよりも、気分の問題なのだが。
 ベッドから足を下し、床に両足を付けて立ち上がる。――やはり、痛い。
 言葉で説明をするには複雑な痛みであるが、例えるのならナイフで抉られる様な痛み、だろうか。
 私は、足に障害がある。約一年前に起きた、交通事故の後遺症だ。一年経った今でも痛みは引く事が無く、リハビリにも通っている。
 日頃から足は常に痛いのだが、寝起きの痛みが最もつらい。それこそ本当に、無数のナイフで足を抉られている気分だ。――実際、ナイフで皮膚を抉られた経験が無い為その表現が適切かどうかは分からないのだが。
 深呼吸を繰り返して痛みを誤魔化しつつ、ゆっくりと足を動かしハンガーに掛けられた制服へと近づいた。