「…………」
「えっと……キリヤ、様?」
茶会から一夜が明け、ついにセルフィアでの学校生活が始まった……のだが、リリアはキリヤにぎゅっと抱きしめられている。
しかも今、リリアたちがいる場所はファーストクラスの教室内。当然、昨日会い、友達となったミズキやレイ、ライガ、チユ、フィーネもいる。
場所が場所のため、リリアはキリヤに離してほしい気持ちでいっぱいだ。しかしキリヤがリリアを抱きしめながら睨んでいる相手がイツキということもあり、リリアは何もできないでいた。
「朝から二人とも、らぶらぶだね」
「えっ!? いや、そんなんじゃ……」
「いいや、今はそれでいい」
「ちょっとキリヤ!?」
イツキに揶揄われたリリアは顔を赤らめ、慌てて誤解を解こうとするが、それをキリヤが阻止する。そしてそんな三人を五人はじっと見つめていた。
「あれ、三角関係、よね?」
「そうじゃなかったらおかしいでしょ、チユ」
「あるじ様の従僕として、わたくしにできることはないかしら」
「おい、絶対に入り込むなよミズキ」
「今回ばかりは自分もレイに賛成だ」
おかしな雰囲気が教室に漂う。空気の入れ替えをしたのはーー急に教室にやって来た見知らぬ大人だった。
ばんっと大きな音を立てて扉が開いたかと思えば、青緑の長い髪を緩く三つ編みにした女性がやって来たのだ。瞳は鬱金色。歳は二十代前半と見受けられる。服は黒を基調としたパンツスタイルだ。
「ほら、みんな席に座って。授業を始めるわよ」
「! ……あの、誰でしょうか」
ミズキがそう聞いた。さすが優等生、とリリアは感心する。
「私は『ミシュ』。あなたたちの担任よ」
……なんか、可愛い。
ふわふわした髪が可愛い、とリリアは思う。ところどころに小さな花の髪飾りがついている。ミシュは花が好きなのだろうか。
「さぁ、座って」
「はぁい」
みんな渋々頷いて席に座った。
「じゃあ授業を……と本当は言いたいんだけど」
「?」
「みんなは新入生だし、学校案内が先よね」
「おお〜!」
学校案内、という言葉を聞き、一同はわっと笑顔を見せる。
「授業と学校案内、どっちがいい?」
「学校案内で!」
……可愛らしい人。
最初は真面目な人かとリリアは思っていたが、案外優しい人なのかもしれない、と思い直した。
「じゃあ行くわよ〜!」
「おー!」
てなわけで、学校探検が始まる。
「ここが魔法の練習場」
「おお〜!」
とても広く、綺麗な場所だ。吸収魔法がかかっているので、魔法が壁にあたっても吸収される仕組みとなっている。
「試しに誰か、当ててみなさい」
「リリア」
「わ、わたしっ!? わかった。やってみる! ……火焔魔法!」
リリアの手から業火が顕現し、壁に当たる。だがその焔は壁に吸い込まれた。
……すごい。
他のみんなもリリアと同じように魔法をぶつける。どれも当たると消えるようだ。するとキリヤがどのぐらいの魔力に耐えられるかの実験をしようとしていた。
「き、キリヤ、何やってるの?」
「ん? あぁ、俺の魔力を流してる」
「なんで?」
「どこまでさ、もつかなぁ……って」
キリヤは魔力が吸われる感覚を楽しむよりも、どのくらいの量を吸えるのかが気になるみたいだ。だがそれも、少しするとやめた。どうやら限界量を知れたみたいだ。
するとーー。
「キリヤっ!」
「……なんだ」
レイがキリヤのところへ駆けつけて来た。
「昨日言ったはずだ! 俺と勝負しろ!」
「勝負、ねぇ……」
キリヤは面倒臭い、の表情をする。
「ミシュには許可もらったぜ? いいだろ?」
「……わかったよ」
「よっしゃあ!」
キリヤは抵抗材料がなかったからか、レイとの勝負を承諾した。レイはそれに強く喜ぶ。リリアはそんなレイを見て笑みを溢す。
よっぽどキリヤと勝負したかったんだなぁ。
イツキはしないのだろうかとリリアは見たが、イツキはキリヤの強さや弱点を知りたいのか、何も言わずにただ、じっと二人を見つめていた。
「楽しみですね、リリア様」
「ミズキさん! ……でもキリヤが勝つよ」
「あら、そうなのですか?」
「うん。キリヤ、強いから」
「まぁ。そうですね……わたくしはどちらかというとレイを応援したいのですが、キリヤ様は許してくださるでしょうか」
「大丈夫だよ。キリヤ、応援、あんまり、好きじゃないの」
「そうなんですか」
「うん。特に、女性、からの、は」
「なるほど……察しました」
「ありがとう、ございます」
ミズキさんは察しが良くて助かる、とリリアは思った。これでミズキも安心してレイを応援できることだろう。もちろんリリアはキリヤを応援する。
「魔法だけでいいか?」
「今回は、な」
準備はできたようだ。ライガが審判となるらしい。二人の間に立ち、大きな声で開始の合図を出した。
「両者、構えて」
シーンと静まり返り、呼吸音が響く。
「準備……」
両者が各々の体に魔力を流したのがわかった。
「始め」
「領域魔法、火焔魔法!」
先に詠唱をしたのはレイだ。一瞬で領域が展開され、周りが焔で包まれ、キリヤに向けて放たれた。
キリヤは氷結魔法で焔による攻撃を防ぐ。そして透明魔法で姿を隠した。領域魔法よりも魔力消費が少ないので、戦法上はありだ。だがーー。
「それで隠れたつもりか、キリヤ!」
案の定、レイはそういった対策もしてあるようだ。レイは拡大魔法を応用して領域を広げ、創造魔法と促成魔法で、植物の種を作り、成長させ、地面を覆った。
「……そこか!」
レイはキリヤの居場所がわかったのか、そこに向けて植物の茎や蔓を飛ばす。大きな音がして、終わったかと思えば、そこにキリヤはいなかったようだ。
「……遅い」
「!? ……っ!」
キリヤはすでに先回りし、転移魔法でレイの背後にいたのだ。そしてキリヤはレイに時間停止魔法をかけると、数秒止まったレイに踵落としをする。
……い、痛そうだよキリヤ。
リリアは思わず手で顔を覆う。これで勝負は終わりかと思ったそのときだ。
「……おかえしだぁっ!」
「!」
またも激しい音が立つ。レイがキリヤに飛び蹴りをしたのだ。さすがにそれは想像もしていなかったのか、キリヤは躱すことができなかった。だが防御に徹した結果、大怪我をせずに済んだのは奇跡と言えよう。
「……やるな」
「お前もな」
だがキリヤは痛いのが嫌いだ。やられたものは全力で倍返しにする性質がある。キリヤは一気に攻撃に転じた。
「領域魔法、創造魔法、促成魔法、火焔魔法、水冷魔法、氷結魔法、風嵐魔法……」
「うわっ! 本気で来たな、キリヤ!」
キリヤの領域の拡大、先ほどのレイと同じような植物による攻撃、焔と氷と風の攻撃などなど……キリヤは自分のできる限界の半分の力でレイに向けて攻撃した。
レイはそのほとんどを交わした。だが、レイは攻撃が多すぎてキリヤがここまで多く攻撃する理由をわかっていなかった。
「……っ! うそ、だろ……?」
キリヤが本当に当てたかったのはーー。
「終わりだ」
キリヤが今まで出していた魔法を一気にまとめ上げた混合魔法をキリヤは短く詠唱し、レイに向かって当てた。
「『落下』」
普通ならば落下魔法と詠唱するのだが、キリヤはそれを想像力で補い、人類初の異詠唱で成し遂げたのだったーー。
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周りからの歓声が上がる中、イツキは一人、静かにキリヤを見ていた。キリヤはレイの近くに行き、生存を確認すると、レイにみぞおちを蹴られていた。リリアはそんなキリヤに駆け寄ると「キリヤ、やりすぎ。でも、かっこよかった」と言って、キリヤの頭を撫でていた。
あーあ、キリヤはいいなぁ。
イツキが考えるのは、リリアのことと、そんなリリアを自分と同じように愛しているキリヤのことだった。
イツキはキリヤに勝ち、リリアと付き合うための方法を考えていたのだった。
……まぁ、キリヤの弱点見つけたし、寛大なイツキ様はそのぐらい、許してあげなくもないけど。
イツキが何を考えているのかは、誰にも分からない。そしてそれがどんな結果をもたらすのかも、今を生きる人たちには分からないのであったーー。
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「さて、ではみんなには部活を紹介するね」
勝負が終わり、ファーストクラスに戻った一同は、部活動についての話をミシュから聞いていた。
「セルフィアでは部活動を行っているの。種類的には運動部と文化部の二種類。ファーストクラスのみんななら、新しい部を新設する事も可能だよ。パンフレット配るから、好きなところに放課後、見学とか体験しに行きなねー」
「部活動か……」
キリヤは配布されたパンフレットを見て呟く。キリヤが見た限りは、どの部活も退屈でつまらなそうだと思ったが、リリアは目を輝かせながらじっくりと読んでいた。
「魔法研究部、お菓子作り部、星空愛好会……いろんな部活があるんだね、キリヤ」
「そうだね。リリアは入部希望先、あるの?」
「うーん、行ってみないとわからないよねぇ。みんなはどこに行ってみたいの?」
リリアが聞くと、一番に教えたのはイツキだった。イツキはぎゅっとリリアを後ろから抱きしめて言った。
「俺はリリアと同じとこ」
「……離れろ」
「あ、リリア〜」
キリヤはイツキとリリアを引き剥がすと、リリアをぎゅっと抱きしめる。まるで見せつけのようだ。
キリヤとイツキに取り合いっこされている当のリリアは可哀想なことになっている。そんなリリアを助けたのはミズキだ。
「ほら、お二方。リリア様が大事なら、リリア様に優しく、害のないように争っていただけますか?」
「「……はい」」
リリアはミズキがイツキとキリヤを従えている姿を見て、まるで飼い主と二匹の忠犬のように思えた。リリアが「ありがとう、ございますっ!」とお礼を述べると、ミズキは聖母のような笑みを向けた。
「リリア様はわたくしの大切なお方のお一人ですから。ちなみにわたくしも、キリヤ様と同じ部に入部するつもりです」
「……いいのか?」
「はい。それがわたくしのお役目でもございますから。ということでリリア様、わたくしもリリア様と同じ部活に入部いたします」
「えっ! ほ、本当にいいんですか?」
「はい!」
リリアはこの時わかっていなかった。キリヤはシスコンのためリリアと同じ部活に入る。ミズキはキリヤとの主従契約の条件も兼ねてリリアと同じ部活に入る。そしてイツキはリリアのことが好き(?)なためリリアと同じ部活に入る。
つまりこの時点でファーストクラスの生徒の半分は同じ部活に入部することになっているのだ。
「レイとライガはどうするのですか?」
「うーん……俺は運動部に入りたいんだけど、どれもやったことあるし、助っ人って形で全部やりたいんだよなぁ。正規部員になりたいほど入部したい! って部活はこれと言ってないよ」
「……自分も特には」
「なるほどねぇ……。チユとフィーネは?」
「チユはお菓子作り部! ……がよかったけど、チユ、太りやすいから、太らない甘いお菓子を作りたいんだよねぇ。昔、体験入部の時に使ったんだけど、どれもお砂糖いっぱいでさぁ……」
「私はチユと一緒の部活に入るつもり。一緒にいないとなんか心配になる」
みんな悩みがあるんだなぁ、とリリアは思った。一同は「うーん……」と天井を仰ぐ。そんな様子をミシュは一人、じっと見ていた。
「……でも、みんな、やりたいこと、あるんだね。わたしは、みんな、みたいに、決めてなかった、から、少し、羨ましい」
リリアはボソッと呟く。
「わたしは、部活に、入りたい、と、思った、だけ。でも、みんなは、これやりたい、がある。小さな、こと、かも、知らない、けど、それって、とても、素敵だなって、思う」
この言葉はリリアの本心から来たのだろう。そしてそれはファーストクラスのみんなの心に響いた。
温かな何かに浸っている間、キリヤはあることを考えていた。そして考えを固めるべく、皆に聞いた。
「……レイとイツキは俺と同じように強くなりたいんだよな。ミズキとライガは魔法や魔法道具の研究ってところだろ。チユとフィーネはお菓子作りなどなど。ざっとこんなところで合ってる?」
一同はお互いの顔を見合わすと頷いた。
「なら、部活新設しようよ。部員はもちろんファーストクラスの生徒全員。部活動名は……そうだな、究極研究部なんてどうだ」
その提案に、リリアたちははしゃいだ。
「究極研究部、なんかいいな」
「自分は究極の魔法道具作ってみたい」
「わたくしも、魔法の精度を上げたいです」
「リリアと一緒ならどんな部でも」
「いいね! フィーネ、入部しようよ!」
「……賛成」
キリヤの新設する究極研究部に入部する気満々な様子の一同。そんな中、リリアはオドオドとしていた。そんな素振りが気になったキリヤはリリアに話しかけた。
「……どうかしたの、リリア?」
「……えっと、あの、わたし……キリヤは、キリヤの、したいこと、してほしい」
「どういうこと?」
リリアの言っている意味がわからず、キリヤはリリアに具体的な説明を求めた。リリアは少し悩んだ後、キリヤに話した。
「キリヤは、いつも、わたしの、ために、なにか、してくれる。けど、わたしは、キリヤに、迷惑、かけてる、と思う、の」
「迷惑なんかじゃない」
キリヤはそう言うが、リリアは納得していないようだ。キリヤはリリアの気持ちをよく知ろうと決めた。
「……ごめん。リリアの意見を教えて」
「! うん、わかった。さっきの、続き、で、教える、ね。わたしは、そんな、キリヤに、いつも、ごめんなさい、思ってて」
「うん」
「だから、セルフィア、入学、した時、決めたの。わたしは、キリヤが、キリヤの、したい、こと、できる、ように、頑張る、こと」
「うん」
「だから、部活、もし、わたしの、こと、考えて、決めた、なら」
リリアはキリヤを見た。
「それは、やめて、ほしい、です」
自分のせいで、リリアにあらぬ考えを抱かせてしまったと知り、キリヤは深く反省した。
キリヤは決して、リリアのことだけを考えて、究極研究部の新設を提案したわけではない。皆の希望を考慮した上で提案したのだ。
もちろんシスコンのキリヤがリリアのことを何も考えないで提案した、と言うのは違う。だがキリヤの願いとしては、リリアが安全で健全な部活に入部することだ。
リリアはキリヤのしたいことをしてほしいと願っている。ならばキリヤはその願いを叶えるまでだ。
リリアが安全で健全な部活に入部するためには、かなりの壁があった。しかしこれならどうだろうか。自分で部活を作り、運営すればキリヤの希望に沿った部活動になる。
その上ファーストクラスの生徒全員の希望を叶えることができるのならば、人的環境も高レベルで叶えることができる。
まさに一石二鳥、いや、三鳥、四鳥である。
「リリア」
「なぁに?」
「俺は俺のしたいことをしてるよ」
「……本当?」
「本当」
本当、の言葉が効いたのか、リリアは「それならいいんだけど……」と言った。リリアは嘘を気取りやすいこともあり、キリヤの本当が嘘でないこともわかったのだろう。
すると、ミシュがキリヤに言った。
「キリヤ」
「ミシュ先生」
「話はわかったわ。でも、顧問はどうするの? 部室は? 具体的な活動内容は?」
「部室はこのファーストクラスでいいと思います。活動内容的には各々、好きなことを究極まで極めるでいいかと。そして顧問ですが……」
キリヤはある人を指さした。
「もう決まりですよね……ミシュ先生?」
「先生はあなたたちの顧問をやるだなんて一言も言ってないけど?」
「セルフィアの教師は生徒の成長を第一にするという謳い文句は嘘だったんですか? 真面目で今の仕事にやりがいと誇りを持っているミシュ先生が新設の部活の顧問を担わないだなんて、ありえませんよ」
そんなキリヤにミシュは降参の白旗を上げた。
「特待生で主席の座にいるだけ、実力はあるみたいね。さすがだわ、キリヤ」
「光栄です、ミシュ先生」
ということは……と一同は顔を見合わすと、わっと一斉に喜びを交わし合った。
「やった! 究極研究部、新設決定だ!」
「チユ、楽しみ〜!」
「部長はどうする?」
「そりゃキリヤに決まってんじゃん、部長!」
「副部長は?」
「……リリアでしょ!」
「え、わたしっ!?」
こうして、究極研究部が発足したのだった。