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(…………遅い)

 一方キリヤはリリアが帰ってこないことにイライラしていた。ミズキのことは主従契約を結んでいるため、多少なりとも信用はしている。

 だがーー

「…………遅い」

 許可をしたのは十分。だが今はその時間をオーバーして十五分経過した。

(何をやっているのかもわからないし……)

 さすがに内容までは問わなかったので、今、リリアが何をしているのかキリヤにはわからない。それがもどかしいのだ。

「きーりーやー? 心の声が出ちゃってるよぉ?」
「イツキ、うるさい」

 また、こうして時々キリヤを地味に煽ってくるイツキがものすごく腹立たしい。

 本人(イツキ)はキリヤほどリリアに執着していないので、あまり気にならないのだろう。リリアのことが好きと言っているが、それはキリヤの反応を楽しむための嘘なのでは?という考えがよぎる。

 だが、あの時ーー

『本当の兄妹でもないくせにね』

 何故、イツキがそのことを知っているのか、キリヤは知らない。

(鬱陶しい……最悪だ…………)

 リリアに触れること、キリヤを煽ること、意味深な発言など、挙げればきりがないほど、イツキはキリヤにとって得体の知れない化け物だ。

「あれ、あれあれ? ずっと黙ってるけどどうしたの? ねぇねぇねぇ……わっ、危ないじゃん」

 キリヤはイツキに氷結魔法(ウィリアルーア)を発動させる。イツキはそれを容易に避け、文句を言う。

「……いつか貴様の化けの皮は骨が見えるまで剥がしてやる」
「うわっ、急に怖いこと言うね。でも肉は皮じゃないから骨は見えないんじゃ……ちょっ、痛い痛い痛い」

 キリヤはイツキの頬を思いっきりつねる。相手の身体と接触している物理攻撃は魔法では防げないため、イツキは痛みに耐えることしかできない。

「ごめんって、ごめんごめんごめんごめん! だから離して! 真面目に! くっそ痛いから離して!」
「…………」
「そんな真顔の無言で俺のこと睨まないでよ! いっそこのままつねって頰の肉を削ぎ落とそうとか思わないでよ! ねぇ!」
(よくわかったな、こいつ……)

 キリヤはこのままイツキで実験しようかと考える。するとーー

「あっ、キリヤ! ほら、リリア来たよ」
「! ……あ」

 イツキの嘘に騙され、思わず手を離してしまった。イツキは自分の頬を「いてててて……」と言いながら撫でている。

(よし、殺そう)

 そう決意し、徐々に近づいてくるキリヤに怯えるイツキ。だがイツキはキリヤに二度目の頰つねりをされずに済む。理由は簡単だ。ミズキがやって来たのだ。

「キリヤ様」

 凛とした声が部屋に響く。

 ミズキは全身を覆う黒い羽織を着ていた。

「……遅いぞミズキ」
「申し訳ございません。ですが、待たせてしまった時間の分だけ、いえ、それ以上の結果にキリヤ様もご満足いただけるかと」
「ほう」
「ではまず、チユから」

 チユは羽織をぬぐ。そしてツインテールの髪を解いた。

(……衣装替えをしていたのか)

 レモネード色のオフショルダー。ジーンズ生地の短いズボン。白の小洒落たサンダル。明るくおおらかなチユのイメージにぴったりな夏の装いだ(今は春だが)。

「ふふーん。可愛いでしょ?」
「季節感ないな」
「寒そう」
「なっ! こら男子! こういう時は可愛いって言うもんだよ!?」
(なるほど……)

 こういう時は無言を貫くべきだとキリヤは知っている。

 チユはレイとライガのコメントに怒る。喧嘩に発展しなかったのは、イツキが「似合ってるよ」と言い、その言葉に機嫌をよくしたチユが「でしょ? だよねだよね! やっぱりイツキはわかってる!」と笑顔で言ったためである。

「次はフィーネです」
「私はこれ」
(ふぅん…………)

 白のワンショルダーに、鮮やかな若竹色のスラックス。髪は解いて緩く横に一本で結んでいる。

 いつもは緻密に結われた髪型をしているが、こういうフィーネも悪くない。カジュアルな服装なので、普段の印象と変わるのが特徴的である。

「お、いいじゃん」
「うん。似合うと思う」
「自然体っぽい。素敵」
「うわぁ、フィーネの時は褒めるんだ。ふぅん、へぇ、そうなんだ」

 男子陣の感想に若干の嫌味を入れるチユ。だがチユもフィーネの服装を気に入っているようで、「やっぱりフィーネはなんでも似合うよねぇ、うんうん」と頷いた。

「ちなみにわたくしは……」

 ミズキも羽織を脱ぐ。

(! 意外だな……)

 黒のパーカー。赤のロングスカート。髪は上ツインお団子&赤の細いリボン。部屋着のように見えるが、それはミズキの普段の性格からだろう。

「珍しいな、ミズキがそういうの着るなんて」
「えぇ。わたくしもあまり着ないようにしていたのですが、チユに『絶対似合うから、着て! お願い!』と頼まれたものですから」
「だぁって……ミズキもフィーネも何着ても似合うんだもん!」
「そこかよ」
「うんっ!」

 似合えば全てよし、である。

「……リリアは?」

 先程から姿が見えない。そこをキリヤはずっと気にしていたのだ。

「あぁ、リリア様は最後がよろしいかと思っておりまして。……もういいですよ、リリア様」

 するとーー

「ーー…………」
「!!!」

 男子陣が驚きの眼差しを向ける。

(リリア、なのか…………?)

 雪のように真っ白な、艶のある髪。一歩踏み出せばふわり(なび)き、周囲の者を惹きつける。横は丁寧に編み込まれハーフアップにされており、いつもよりも大人びた印象にさせる。

 その者の清廉な性格を映し出したかのような白のブラウス。まるで本物のような花や葉の、襟に施された刺繍は美しい。

 海の青さを感じさせる紺青のミディスカート。女の子らしく可愛い雰囲気が出る。そこから覗く色白の素肌が、一部の者のほおを赤く染め上げる。

 三本のラインが左右ともに引かれた白のハイソックス。全体を引き締める黒のパンプス。閉じられていた瞼が開き、氷のように美麗な瞳が現れる。

「どう、かな?」

 ふっと微笑んだ表情には、まだ幼な気が残っている。

 皆は無言でリリアを凝視する。

 それもそのはず。今のリリアはーー

「似合う?」
「…………どうしたんだ、リリア」

 キリヤと同じくらいの背丈となっていた。

「驚きました?」
「いや、驚くも何も、何をしたんだ、ミズキ」
「ふふっ、時間進行魔法(レーゼルーデ)を使いました」

 それによってリリアは大人の姿になったのだ。

「びっくり、した?」
「……あぁ、びっくりした」

 今のリリアは10歳だ。キリヤとは3歳差。なのに身長が追いつかれてしまうのは困る。

(兄の威厳、なくなるし……)
「で、キリヤ?」
「……なんだ?」

 チユがキリヤに詰め寄る。

「リリアとは本当はどういう関係なの? ね、ね!」
「…………普通の兄妹」
「うっそだぁ! だってこんな重度のシスコン、見たことないもん! 本当は付き合ってるんじゃないのぉ?」
「……んなわけあるか」
「あれれ? 返事が遅かったけど、本当?」
「…………」
(面倒くさい……)

 そんなキリヤの心情を悟ったのか、レイが話題を変えた。

「そう言えば、そろそろ魔剣大会の時期に入るな。キリヤももちろん、出るよな?」
「あぁ」

 その単語をリリアは知らなかったのか、リリアはキリヤの裾を引っ張る。

「キリヤ、魔剣、大会って……?」
(やば、近い。というか、背が同じくらいだから目線がめっちゃ合う)

 キリヤは頰が紅潮するのがわかり、少し息を呑んでから落ち着いて説明した。

「魔法ありの剣術大会のことだよ。通称魔剣大会。優勝者は一つだけ願いを叶えることができるんだ。大抵の者はファーストクラスへの昇級を望む。ま、あとは栄光とか? 結構人気の行事だよ。セルフィアの生徒なら誰でも参加希望可能」

 この行事にはキリヤは参加せざるを得ない。毎年、首席は絶対参加なのだ。また、魔剣大会でキリヤが優勝すれば、主席の座はさらに固くなる。

 リリアを好いている者への牽制にもなるため、キリヤは参加する。

「魔剣大会、かぁ……」
「気になるのですか、リリア様」
「……うん」
(!?)

 顔には出さなかったが、キリヤはかなりの衝撃を受ける。リリアには刃物一本すら触れさせたことがないのだ。剣など言語道断である。

「なるほど……」

 そう言うとミズキはキリヤにそそそっと近寄り、耳打ちする。

「どうするおつもりですか?」
「……俺が出させると思うか?」
「ですが、リリア様には参加を希望する権利があります」
「…………ミズキ的には?」
「本人の思うがままにさせることがよろしいかと。それにーー」

 ミズキはリリアの参加希望をキリヤが絶対に承諾する決定打となる発言をする。

「いざという時にリリア様がお一人の際の護身術にもなります。魔法を封じられた場合の」
「うん。絶対出させよう」

 即決断、即決定である。

「リリア」
「……やっぱり、だめ?」
「いいよ。魔剣大会、出ていいよ」
「! キリヤ、ありがとう……!」

 こうしてリリアは魔剣大会出場許可が降りた。

「じゃ、次は魔剣大会、頑張ろう」
「おー!」

 こうして無事に試験を終えたファーストクラスの生徒。そして、次の舞台、魔剣大会の幕が上がる。