在学生が始業式で体育館に集まる中、無意識に探してしまう。
本当は答えはわかりきっていて、あの人はもうここにはいない。

クラス替えに浮かれたり、落胆している他の人たちと比べて、私は表情を変えずにただあの人のいないこの場所で立ち尽くしていた。

校長の話も隣の人と喋っていて怒られている生徒も、校歌も全てが私の身体をすり抜けて消えていく。まるで透明人間にでもなったかのように、私は空虚だった。

本当は始業式にもでたくなかったけれど、さぼる勇気もない意気地なしな私は退屈なこの始業式が終わるのをじっと耐えていた。



始業式が終わり、生徒たちが渡り廊下を通って校舎へと戻る中、私は一人道を外れて裏庭の桜の木の下へと歩み寄る。

ふわりと風が吹き抜けて、淡い桃色に色づく花びらが目の前にちらちらと舞った。

桜が咲いてしまっている。卒業式の時はまだ咲いていなかったのに、今では満開だ。


卒業証書を持って、私に手を振ってきたあの人は「元気でな」と顔をくしゃっとさせた笑顔で言った。私は「おめでとうございます」以外の言葉がでてこなかった。


本当は心に積もっていた想いがあったのに、自分の中に抱えたまま手放すことができなくてきっと不細工な笑顔を返してしまったと思う。



あの人を見るたびに、何度も何度も恋をしていた。
好きだと、たった一言が言えなくて、それでも情けないくらい好きだった。

笑顔をみるたびに会話をするたびに心臓がぎゅっと掴まれるみたいに苦しくて、けれど体温が上がりそうなくらい鼓動が高鳴っていた。

それなのに私は言えなかった。

「まだ引きずってるんですか」
まだって一ヶ月くらいしか経っていないでしょ。そう返したい気持ちを飲み込んで振り返れば、予想通りの人物が立っていた。



「言えばよかったじゃないっすか」
「言えなかったんすよ」
「……なんで先輩、敬語なんっすか」


彼はいつだって私の隠した心を見抜いてしまう。

一つ下で部活の後輩の彼は生意気だ。いつ染めたのか知らないけれど、黒髪がいつのまにか薄茶色になっている。明るい髪色も似合ってしまうのが羨ましい。

じっと彼の髪を見つめていると、名前を呼ばれて視線を合わせる。



「俺は先輩みたいには後悔したくないんで、卒業するまで何度でも言いますよ」


少しだけ、心臓の鼓動が高鳴った。

彼の気持ちは知っている。そのことにも彼は気づいている。

彼はずっとあの人を想っている私を想ってくれていた。一方通行な片想いは、あの人の卒業後も誰も成就はしなかった。



「好きです」

ほら、まただ。



「……私の気持ち知ってるくせに」
「知っていても変わらないっすよ」

彼は真っ直ぐすぎて眩しい。日向にいるような存在の彼に対して、私は日陰にいるような存在でどうしてこんなに真っ直ぐに私を見てくれるのかわからない。


「……どうして私なの?」
その質問に彼はわずかに目を見開いたあと、口元をつり上げて微笑んだ。


「理由、必要なんですか?」
自分はどうなんだと聞かれている気がした。

私は、私は……どうしてあの人が好きだったんだっけ。
気がついたら目で追っていて、笑顔が見たくて、話したくて、あの人に自分を見てもらいたくなっていた。

私だってあの人に恋した理由を、一から十まで説明できない。


「先輩が卒業するまで、タイムリミットはまだあるんで勝手に頑張らせてもらいます」

諦めが悪かった私と、未だに諦めの悪い彼。
一足先にあの人はこの学校からいなくなって、残された私たちはこの学校でまた一年過ごしていく。


「……っ」
追い風が吹いて、私の黒髪が前方に舞い上がる。
目の前に立っていた彼は薄茶色の髪が後ろへと流れて、額まで顔がはっきりと見えた。


「来年、桜が咲く頃にはきっと振り向かせてみせるんで」

いつもはへらへらしていて声だって少しふにゃっとしているのに、今は真剣な眼差しで私を見つめていてはっきりとした声だ。
不意打ちの出来事に心臓が少しだけ、ほんの少しだけ高鳴ってしまった。

すると、彼は私の心を見透かすように目を細めて意地悪く微笑んだ。


「覚悟していてくださいね?先輩」
淡く色づく桜の花びらがひらひらと私と彼の間に舞う。

この満開の桜が、新たな一年の開始の合図。タイムリミットは、再び桜が咲く頃まで。

来年の桜を私は誰と見ているのだろう。