女なのに仕事にそんなに情熱注いでどうするのとか、結婚は?とか聞いてくる奴らに言いたい。


人の心配なんてどうだっていいから————お前らみんなちゃんと仕事しろ!





「ということで、加藤さん頼むね」

部長に笑顔で言われて、私は表情を無にしたまま硬直する。
御上株式会社、コスメ第一営業部にして成績トップで若きエースと言われている私は、今日も元気に仕事に励むつもりでいた。


「すみません、部長。もう一度お願いします」

壊れたAIのように抑揚をつけずに聞き返してみる。聞き間違いであってくれ。


「今日からこの部署の一員になった彼の指導係、よろしく頼むね」

部長は笑みを崩さない。けれどよく見ると笑っているように見える細められた目は完全に閉じている。


「部長、私とちゃんと目を合わせてください」
「いやだな、合わせてるよ」
「閉じてます」

ため息を吐きたくなる気持ちをぐっと抑えて、あくまで冷静に話すことを心がける。

頭に血が昇ってはいけない。ここは職場なのだから、常に落ち着いていないと。



「だいたい、彼は私と同期なのに私が指導係っておかしくないですか?」

すぐそばでキラッキラな空気を醸し出して、周囲に挨拶をしている男を見やる。まるで歩くグリッターのようで笑顔が眩しくて腹が立つ。仕事しろ。


「加藤さんは第一営業部のエースだよ」
「でも私はまだ経験は浅いです」

エースと言ってもここ最近の成績がいいだけで、年齢は27歳。まだ経験値は少ない方だ。うちの部にはもっとベテランがたくさんいる。


「僕らは君に押し付けたいんじゃない。同期の君であれば、彼もきっと馴染みやすいだろうと思ってね」
「押し付けるつもりですね、あの仕事しない男を!」
「こら、そういうことは言ってはいけません」
「子どもを叱りつけるみたいに言わないでください!」


深いため息を吐いて、例の男を睨みつける。営業部の先輩たちに声をかけられて話しているようで私の視線には気づきもしない。

彼、御上千香は社長の息子で、容姿だけが無駄にいい。それだけだ。
周囲が社長令息だからと妙な気を遣って何も言えず、仕事もあまり頼めず……というのが毎度のことらしく、様々な部署をいずれ上に立つための経験という体で盥回しにされているのだ。

なんで私がそんな男の面倒を見なければいけないんだ。


「加藤さんならきっと彼を立派な営業マンに育てられるはずだよ」
「なんで私が育てないといけないんですか。あんな大きな子どもいりません」

同い年の男の仕事の面倒をみるなんて。しかも相手は社長令息なので、失礼がないようにしないといけない。

ただでさえ忙しいというのに、あの男のために時間を割くのもごめんだ。



「僕らは信じているよ」
「両手合わせて拝むのやめてください」

私の話なんてどうせ聞く気などないのだろう。
こうなったら社長令息とか気にせずに部下としてこき使うしかない。


御上千香の前に立つと、眩しいくらいの笑顔を向けられる。

「加藤さん、久しぶり。本日からよろしくおねがいします!」
「う……」

あまりの輝きに目を細めて、額に手の甲を当ててしまう。
なんなんだ、この輝きは。背中からライトでも当てているの? そのくらい笑顔が眩しい。女顔負けの綺麗な顔の作りをしているのが憎らしくなってくる。


「……ええ、よろしくお願いします」

存分にこき使わせていただきます!!

心の中で高らかに宣言をして、営業スマイルを返す。どうか私の邪魔だけはしないでほしい。


御上千香のデスクは私の隣になった。仕事がしやすいように配慮してくれたらしいけれど、私としてはなんだか落ち着かない。というのも、視線が熱い。なんでそんなに見てくるのだろう。心配しなくても、仕事はちゃんと振るつもりだ。


「加藤さん、俺なにしたらいいかな。コーヒー淹れる?」
「はい?」
「コーヒーには、ミルクと砂糖入れる派?」


なに言ってんだこの人。いきなり配属されて、コーヒー? 今の時代コーヒーなんて自分で好きなときに淹れる。


「コーヒーなんて飲みたい人が勝手に淹れればいいでしょ」
「でも俺の仕事なくなっちゃうよ?」
「コーヒーを淹れる仕事なんてこの会社には存在していません」

当然のように言われて、突っ込むことすら躊躇ってしまう。
この人、新人ではないよね? 私と同期だよね? ましてや社長令息でしょう。他人のコーヒーなんて淹れる必要ない。


「まさか今までの部署でそんなことやらされてたの?」
「いや、やらされてたっていうか俺ができる仕事ってあまりないみたいでさ」

ニコニコとしながら今まで人の好みに合わせてコーヒーを淹れることが仕事だったと話す御上千香。

これが喫茶店の仕事であればいいけれど、私たちの仕事はコーヒーとは全く関係がない。



それよりも気になるのは——


「なんで笑ってるの」
「え?」
「できる仕事がないって本気で思ってる?」

この人は、きっと今まで周囲からきちんと仕事を教えられてこなかった。それは彼が社長令息だから指導がしにくいとか、下手なことを言って飛ばされることを恐れた社員もいるのはわかっていたけれど……これはあまりにも酷い。


「いやぁ……それはまあ、なんていうか……俺に指示だしにくいとかそういうのもあるんだろうなとはなんとなく? 思ってたよ」


どこか諦めたようなその表情に苛立ちが募る。それと同時に虚しさが広がって、苦い感情になっていく。

大人って、時々馬鹿みたいな気を遣う。それが私は心地悪くて嫌になる。



「私、貴方に指示出すから」
「え?」
「できないとか言ったら摘み出す」

開いた右手をギュッと握り、鋭い視線を御上千香に向ける。甘やかされてきた彼は怯むかと思ったけれど、予想外な表情をされてしまった。


「お、俺にできることあるの?」
「あるのじゃない、やりなさい」
「はいっ!」

なんだかものすごく嬉しそうな顔で元気いっぱいに返事をされて、少しだけ毒気が抜かれてしまう。案外やる気があるのだろうか。


「まずは第一営業部が担当しているコスメブランドの商品、全て覚えて」

彼のデスクに分厚い青いファイルを置く。
通年販売しているコスメと今季に売り出した物がファイルになっていて、細かい説明が書いてあるため最初はこれから覚えていくのがいいはず。過去のコスメは追々でいい。今のブランドの売れている商品を把握することが営業はまず大切。


「名前だけじゃなく、特徴やアレンジ方法、イエベ向けブルベ向けとか資料に書いてあること全て読むこと」
「……全て」
「やるの? やらないの?」
「やります!」

元気よく再び返事をした彼を部署の人たちは口をあんぐりと開けて眺めている。


「さすが加藤さん……もう手懐けてる」

部長の呟きに、ひくりと口角を吊り上げた。
……手懐けてなんていないし、誰のせいでこうなったと思ってるんですか。






それからというもの御上千香は必死に会社のコスメについて勉強をしていた。
私が担当しているブランド〝ローズレーヌ〟について、しっかりと読み込んでいるようだった。


おまけにコーヒーまで淹れてくれる。自分でやるからいいと言っても、美味しいコーヒーを淹れる自信があるからと私の好み通りに淹れてくれるのだ。


それがまた本当に美味しくって驚きつつも、ちょっとハマってしまった。そんな私の様子を見て、御上千香は見透かしたように嬉しそうに笑う。

……なんだか調子が狂う。


会社を出た後に、プレゼン用の書類を忘れたことに気づき、私は戻ることにした。せっかくの金曜日だから早めに家に帰りたい気持ちもあったけれど、土日を使ってプレゼンの準備もしておきたい。

エレベーターで上がりフロアへ着くと、電気は一か所だけしかついていなかった。歩いていくと、明かりがついているのはうちの部署だけだ。


「え、なんで……?」

ファイルを広げ、パソコンになにやら文字を打っている様子の御上千香がいて、思わず声を漏らしてしまった。


この人、今日若手の女性社員に飲み会に誘われてなかった?
それにこんな時間になにを作ってるの? 私が振った仕事は終わっているはずだ。



疑問に思いながら近づくと、私に気づいた様子の御上千香が顔を上げて、表情が明るくなる。

「加藤さん! どうしたの?」
「プレゼンの資料、忘れちゃって……そっちこそなんで残業?」
「宇崎さんから資料作るように頼まれたんだ」
「……なにそれ」

そんなの聞いていない。宇崎さんという名前で少し心がざわつく。
あの人はちょっと意地悪なところがあるのだ。プライドが高くて、人を見下しがちで自分よりも成績が低い人に対しては偉そうにものを言う。


「ちょっと見せて」

御上千香のパソコンを覗き込むと、やはりとため息が漏れる。


「これ、先週宇崎さんが提出してるから必要ないやつだよ」
「え、そうなの?」

きょとんとしていて状況を把握できていない御上千香に、少し躊躇いながらも真実を話すことにした。


「これただの嫌がらせだと思う」

おそらく私の指示に文句を言わずに聞いている彼を見て、宇崎さんは意地悪をしたのだろう。容姿端麗で社交的なため、営業部の人から可愛がられ始めた彼をよく思っていなさそうだった。


……それにしても彼が親に告げ口したりしない人だと分かった途端にこんな意地悪をするなんて最低だ。


「だから、やらなくていいよ」
「でも頼まれた仕事だから最後までやるよ」

御上千香は首を横に振って、パソコンと再び向かい合う。


「無駄なことなのに?」
「もしかしたら急に必要になったのかも」
「だとしても、自分は帰るっておかしくない?」

私だったらふざけるなと思ってしまう。まだ慣れていない相手に仕事を頼んだのなら、最後まで面倒を見るべきだ。


「俺、こんなんだから今まであまり仕事を任されてこなかったんだ。だからこうして頼まれるのは嬉しいから、最後まで責任を持ってやるよ」

嫌になるくらい真っ直ぐで、それでいて嬉しそうだった。
社長令息でイケメン。そんな人生楽勝な要素を持っているのに、人に対して強気に出たりしない。


「御上って、案外真面目だよね」
「あー……でも頼りないって言われるよ」
「それはわかる」
「え、わかるんだ。悲しい」

ガックリと肩を落とす彼に噴き出してしまう。気さくで話しやすくて、本当は一生懸命になりたくてたまらない人なのだろう。


「あとちょっとダサい」
「うそ、どこらへん? ネクタイの柄とか?」
「なんていうか……なよっとしてる」

でも多分、そこが人間らしいのかもしれない。仕事は今まで任されてこなかったから、きっと身に付くことがほとんどなかったのだろう。


……コーヒーをうまく淹れるスキルが上がるくらいだし、覚えもいい方だ。仕事を任せたらおそらくは力はついていく。


「私も手伝うよ」
「え、でも加藤さん忘れ物取りに来ただけでしょ?」
「御上の指導係は私。だから最後までちゃんと付き合う」

それにこうなったら宇崎さんを見返すくらいのいい資料を作ってやる。私が指導係なのに無視して仕事を頼んでいたのも癪だ。


「加藤さんはかっこいいね」
「……別に嬉しくない」
「憧れる」

それを言うのなら、元々御上千香が持っているものの方が憧れる。私がもっと綺麗な顔立ちをしていたら、なにか変わっていたのかもしれないとか……時々、本当に時々だけど思うことがある。


「あ、これはここのメーカーの参考にしたほうがいいよ」

気持ちを切り替えて、私は御上千香と共に誰にも求められていない資料を作ることに没頭した。


——十一時くらいになってようやく完成し、一通り見て満足する。

「終わったー!」
「加藤さん、手伝ってくれてありがとう」

これなら部長も驚くくらいのいい出来だ。私は助言をしたものの、御上千香が資料の構成や見やすさを考えたスタイリッシュなデザインで作成した。

……ちょっと悔しいけど、センスある。私が作る資料のフォーマットよりも、御上千香が作る資料は情報がわかりやすく頭に入ってくるデザインになっている。


「御上の力だよ」

私じゃない。これは彼のセンスと努力で出来たものだ。



「なにかお礼させて」

柔らかく微笑まれて困惑してしまう。お礼と言われても、彼にしてほしいことなんてない。

それになにやら甘ったるいような空気がむず痒くなってくる。



「あと俺、加藤さんに前から言おうと思っていたことがあって」
「え、なにを……?」
「お願い、加藤さん」


じっと見つめられて、息を飲む。
吸い込まれそうなほど、薄茶色の綺麗な瞳が私を捕らえている。



どうしよう。この空気は、もしかして——






「メイク、させてほしい」

懇願するような言葉に、表情が抜け落ちていく。

「は?」
「加藤さんにもっと似合いそうなのがあるから、一度でいいから試させて欲しいなって思ってて!」
「はい?」

私はコスメが好きだけど、あまり自分のメイクは上手な方ではないことは自覚している。そのため極力薄めのメイクなのだ。

……もしかして似合ってないって言われてる?
それに御上千香がメイク!?

「待って。ちょっと頭が追いつかない」
「あ、そっか。驚くよね。俺、実はメイクを人に施すのが好きなんだ」
「……はい?」
「でも仕事にするのは反対されて。だから趣味でこっそりと活動してるんだけど。あ、会社の人たちには内緒ね」


趣味でこっそりと活動にも驚いたし、理解が追いつかない。
饒舌に話しながら御上千香が鞄から取り出したのは、黒いポーチだった。



「本当は今日予約が入ってたんだけど残業で無理になっちゃってさ」
「は、はあ」
「だから誰かにメイクをしたくてうずうずしてて」

この人のこんなにも感情が昂っている姿を初めて見た。コスメの商品の飲み込みが早かったのは、元々メイクに興味があったからなのかもしれない。


「加藤さん」
「……はい」
「やらせて?」

私は呆然としながら頷くことしかできなかった。
了承を得た御上千香は意気揚々とポーチを開いて、準備をし始める。


そこからは目を見張るほどの速さだった。

ご丁寧にメイク落としまで持っていて、私がしていた楽ちんシンプルメイクは落とされて、御上千香の手が顔に触れていく。

妙に緊張してしまう。
男の人の、御上千香の手が、温度が、伝わってくる。


目の前の彼は、ダサくなんてない。メイクが好きなのだと情熱を宿した瞳は綺麗だった。



「……ダサいのは私の方だ」
「え?」
「コスメの営業のくせにメイクは手抜きで、自分の外見に自信が持てなくて仕事に打ち込んで逃げてる」

彼氏ができたってすぐに振られてしまう。
つまらない。可愛げがない。女子力が低い。そんなことを言って、私から離れていってしまった。

本当にダサいのは、自分を良くするための努力を怠っている私だ。


「加藤さんは仕事に一生懸命でかっこいいよ」
「……仕事ができても、女としてはダメだってよく言われるよ」
「自分の幸せは自分で決めればいいんじゃないかな」

その言葉にわずかに目を見開くと、目尻にそっと指先が触れられる。


「目を閉じて」

戸惑いながらもそれに従って、ゆっくりと目を閉じた。
すぐ近くに御上千香がいることに緊張して呼吸をすることを躊躇ってしまう。



「恋愛とか結婚とか、仕事とかさ、人によって大事なものは違うし、誰もが同じ道をいく必要なんてないよ」
「……うん」
「自分の大事にしたいものを忘れずにいたらいいんだよ。だから加藤さんはダメなんかじゃない」


たぶん私はこういう言葉がずっと欲しかった。
このままでいいよって寄り添って、優しくされたかったのかもしれない。



「……私、料理ができないの。だから家庭には不向きって言われたことがある」
「結婚するために奥さんが料理上手ってことが必須なの?」
「うーん……そういう男の人は多いんじゃないかな」

少なくとも私が以前付き合った男の人はそういう相手だった。

まぶたに何かが塗られていく。おそらくはアイシャドウだ。不思議と彼に触れられて嫌ではないのは何故だろう。


「加藤さん、目を開けて」

合図をされて、まぶたを持ち上げるとすぐ目の前に御上千香の顔があった。相変わらずの美しい顔に見惚れてしまう。



「俺は料理できるから、料理担当できるよ」

そんな宣言をされて、目をまん丸くする。
……やっぱり彼はモテる男だなとこんなときに感じてしまう。


「朝食には美味しいコーヒーもつけるよ」
「御上の奥さんになる人は幸せかもね」
「うん、幸せにするつもりだよ」

まるで自分に言われているみたいで、照れくさくなってくる。
付き合っているわけでもお互いに気があるわけでもないのに妙な感じだ。


「だから……まあ、続きはそのうち」
「続き?」
「口、閉じてて」

最後に唇にブラシで口紅を塗られていく。先ほどよりも、緊張が増している気がした。


「できたよ」

御上千香に手鏡を向けられ、映った自分の顔を見て衝撃を受ける。


「え、えっ?」

今まで見てきた自分の中で、たぶん今が一番華やかで綺麗だ。こんなことを自分で思ってしまうのは、微妙な気持ちになるけれど、間違いない。

成人式の振袖を着たあの時よりも、友人の結婚式でパーティードレスを着た時よりも、普段の会社用の服を着ているはずなのに、今の私はすごく華やかで驚いてしまう。


「どう?」
「び……びっくりして、言葉が、」
「似合ってるよ。すごく綺麗」

誰かにこんなふうに褒めてもらえたのは初めてかもしれない。仕事ができて褒められることはあっても、見た目で褒められることなんてなかった。


メイクってすごい。ちょっとしたことでこんなにも変わるのだ。まるで魔法みたい。


「あり、がとう」

私はそんな魔法の道具を売る仕事をしているのだと思うと、胸が熱くなってくる。

嬉しさが抑えきれずに微笑むと、御上千香が無邪気に笑った。


「その顔が見れてよかった」

御上千香に、こんな特技があったなんて知らなかった。そして私も含め、会社の人たちは彼のことを今まできちんと知ろうとしてこなかったのだろう。






翌週の月曜日、私は御上千香に教わったメイクで出社した。ほんの少し私を見る周囲の目が違っているように見える。

メイクを変えるだけで、こんなにも気分が上がるものだとは知らなかった。


朝の挨拶をして、御上千香がこっそりと「似合ってる」と告げてくる。こういう内緒話はなんだかくすぐったい。

……それともう一つ、片付けなければならないことがある。



「部長、これは御上さんが作った資料です」

金曜日に作成した資料を部長に提出すると、部長は中身を見て不思議そうにする。


「これって少し前に提出されたよね」
「ええ、宇崎さんが提出したものなのですが、金曜日に御上さんが宇崎さんに作るように指示を出されたようでして」

意味がわかったらしく部長が目を細めて、デスクに座っている宇崎さんに視線を向けた。


「あ、いや、俺は! 練習にと思って!」

立ち上がり弁解をし始める宇崎さんに、にっこりと微笑む。


「面倒見がいいですよね、宇崎さんって。指導係でもないのに、面倒を見てくださるなんてすごいです」
「あ、え」
「これからもご指導よろしくお願いしますね」

メイクを変えたからか営業スマイルにも自信を持てる。血の気がひいていく様子の宇崎さんを見つめながら、笑みをすっと消していく。



「ああでも、彼に仕事を振る場合は部長か、指導係の私を通してくださいね?」

勝手なことするなよと釘を刺すと、宇崎さんは「すみません」と呟いて力なく自分の席に座った。







デスクに戻ると、一部始終を見ていた御上千香が目を輝かせている。


「やっぱり加藤さんはかっこいいね!」
「やられっぱなしなのが嫌なだけ」

第一かっこいいとか言われても嬉しくはないし、本当は指導係なんて今だって面倒だなと思う。

でも、彼が仕事を吸収して営業として活躍する姿を早く見たいという気持ちが芽生えてしまった。


たぶんそれは、そう遠くない未来で叶うだろう。



「あと、ありがとう。……私にメイクを教えてくれて」
「うん。今日の加藤さんも綺麗。似合ってるね」

……そういうことをさらりと言えるところが、さすがというか、彼らしいのかもしれない。でも言われ慣れていない私は正直反応に困る。


「また内緒で、させてね」
「……仕事次第」
「加藤さんに認めてもらえるように頑張るよ!!」
「声が大きい」


それと彼はメイクが得意だということを、部署のみんなは知らない。これは私と彼の秘密らしい。




それともう一つ。これは私の中だけの内緒の話。


あの日、御上千香にちょっとだけときめいたのは秘密にしていよう。