コンビニの冷凍コーナーの前で立ち止まった友人に、私は思わず声を上げる。
「和花、またアイス食べるの? 寒くない?」
もう三月とはいえ、アイスを外で食べる季節にはまだ早い。毎度食べるたびに、「寒い寒い」と和花は言い始めるのに、今日も食べるらしい。
「寒い日に食べるのが美味しいんだって!」
ニッと歯を見せて明るい口調で言う彼女を見て、私は止めても買う気のようだと諦める。案外こうと決めたら意志が強いのだ。
また寒いと言い出しそうと考えて、私はホットのお茶をこっそりふたつ購入しておいた。
コンビニを出て、時間を惜しむようにゆっくりと歩きながら私たちは他愛のない話をする。
最近見たドラマの話とか、おすすめの曲の話とか、些細な話題なのに、私たちの話は止まらない。できるだけ、この時間が長く続けばいいのに。
「あ!」
公園の近くで和花が立ち止まった。
「遊具なくなってる!」
「え、本当だ!」
一年前はよくここに立ち寄っていたけれど、最近では別の道を通っていたので気づかなかった。思い出のあるタイヤの形のブランコがなくなってしまい、ちょっとだけ気分が落ちる。
よりにもよって、こんな日に知ってしまうなんて。
「ねえねえ!」
和花がこっちきてと私に手招きした。
「ここの日陰でさ、二年の夏にしょっちゅうジャンケンしたよね」
「したした! 負けた三人がアイス買いに行くってやつ!」
「楽しかったなぁ!」
私も、楽しかったよ。あのときの思い出は、この先も忘れないと思う。
「あの頃は、六人だったよね〜!」
二年生のとき、私たちは六人グループで行動していた。毎日のように一緒にいて、ふざけあって笑いが絶えない日々。
炎天下の日は、決まってジャンケンで誰がアイスを買いに行くかを競っていた。それぞれ出す癖があって、何度も負けちゃう子の代わりに、和花は「走りたい気分だから、私が買ってくる!」なんて言い出したこともあった。
いつも笑顔で、ムードメーカーで優しい子。その時の私の中での和花の印象は、そういう子だった。
変に真面目で頭が硬くて、あんまり協調性のない私とは違う。和花は人に合わせることも、人を想って、嫌なことを引き受けることもできる。
そしてその頃、私と和花は特別親しいわけでもなく、グループとして一緒にいるという関係だった。
和花は苺ソーダ味の棒付きアイスの袋を開ける。しゃりっと音を立てて食べている姿を眺めながら、私は頬を緩めた。
「まさか和花とこんなに仲良くなるとは思ってなかったな」
「私も!」
三年生になったとき、私と和花は同じクラスになった。最初はクラスがバラバラになっても六人で集まっていたけれど、次第にみんな同じのクラスの子たちと行動をし始める。
そのことが寂しくもあって、だけど全員を繋ぎ止めることなんてできなかった。
同じクラスとはいえ、私と和花には、それぞれ他にも仲がいい子ができた。
だから少しの期間だけど、一緒に行動をしないときもあったのだ。
あるとき、私が思い悩んでいることに和花が気付いてくれて、声をかけてくれた。
それが私たちの距離が近くなるきっかけだった。
土足で踏み込んでくるんじゃなくて、明るく笑わせるようなことを言ってくれて、寄り添ってくれる。そんな和花だから、私の言葉を真剣に聞いてくれる気がしたんだ。
「またいつかさ、六人で集まれたらって思ってたんだけどなぁ。でももう、無理かぁ」
和花が寂しげに微笑んだ。もう戻ることはないって、私も和花もわかってる。
「……会っても、なに話していいかわからないかも」
「だよね」
みんな居場所が変わって、話が少しずつ合わなくなっていって、笑いのツボも変わり始めた。無言の時間が気まずいと気付いたとき、私たち六人の心の距離が離れてしまったんだなと思った。
二年生のあの日々が大好きだった。
いつまでも続くと思っていたんだ。今でも話す子もいれば、疎遠になってすれ違ってもお互い声もかけない子もいる。
同じ学校の中にいたはずなのに、笑い合っていた時間は確かにあったはずなのに。寂しい。だけどそれは仕方がないことで、散々悩んだけれど、今では諦めがついた。変わらない関係なんて存在しないから。
「うわ〜! さむー!!」
アイスを食べ終わった和花は、予想通り身震いをしている。春のぽかぽかとした陽気とはいえ、今日は風が強くて冷たい。
「和花」
コンビニ袋から取り出したホットのお茶を差し出すと、和花は目を見開いた。
「えっ! 私に!? いいのに! 自分で飲んで!」
「もう一本買ったから大丈夫」
「え〜! でもっ!」
「いいから」
若干押しつけるようにして渡すと、和花は眉を下げながらも控えめに笑う。
困らせちゃったかな。ごめんね。だけど、少しでも和花になにかしたかったんだ。そんな言葉を素直に言えなかった。
「こないだも私の好きなお菓子買っといてくれたのに……明日なにか返すから!」
そう言った直後、和花の表情が硬くなる。
「気にしなくていいの!」
いつもは空気を切り替えることを和花がしてくれていたけれど、今日は私がする。
「私があげたくて買っただけだから」
嘘じゃないよ。本当だよ。和花が思っているよりずっと、私は和花のことが好きなんだ。
意地っ張りで素直じゃなくて、言葉に表すのが苦手でごめん。今になって、もっとこうしたらよかったとか、後悔ばかり考えちゃうよ。
私ばっかり話を聞いてもらって、優しくしてもらって、いっぱい元気をもらってた。
ねえ、和花。私、少しでも力になれてた?
相談とかさ、うまくのれなくて、返す言葉も下手くそで。
励ましたいのに、逆に励まされたりしちゃってたよね。
「和花、いつもありがと」
傍にいてくれて。
笑顔にしてくれて。
私にとって、和花は太陽みたいな人だった。
和花が「こちらこそ!」と言って笑ってくれた。その笑顔を目に焼き付ける。
私たちはもう、卒業式を終えてしまった。
いや、正確には先ほど卒業式を迎えていたはず。
お互いに無遅刻無欠席だったのに、初めてのサボりが卒業式だなんて、ちょっと笑ってしまう。だけどもう、先生に怒られるとかそんなこと、どうだっていい。
私たちにとって、卒業式よりもふたりで過ごす時間の方が大事だったのだ。
「あーあ、時間が止まればいいのになぁ」
和花の黒髪が風に靡き、桜の花びらがひらひらと私たちの間に雪のように散る。
鞄の上に一枚の花びらがのった。私はそれを手にとる。溶けてしまいそうなほど、淡くて薄い。
桜の花は綺麗だけれど、儚くて、あっというまに過ぎ去ってしまう。
まるで和花と過ごした日々のようだった。
「あはは、変なこと言っちゃった! 忘れて!」
今夜和花は、この街を出ていく。
地元に残る私とは違って、遠い場所で新しいスタートをきることにした和花は、旅立ってしまう。
もう気軽には会えなくなり、きっとお互いに新生活が忙しくなって、今まで通りの関係ではなくなっていく。
「和花、スマホ鳴ってない?」
「あ、本当だ! お母さんかも」
和花がブレザーのポケットからスマホを取り出す。メッセージを確認すると、少しだけ表情に影が落ちる。この時間の終わりがきた気がした。
「もう帰らないとまずそう?」
「そうだね。家で待っていてくれてるみたいで。ごめんね!」
私たちはいつもの分かれ道まで行くと、一度立ち止まる。
「じゃあ、いってらっしゃい」
バイバイとかまたねと普段なら言っていた。
だけど今は、遠くへ行ってしまう彼女へこの言葉がふさわしい気がした。
「うん! いってきます!」
眩しい笑顔で、和花が手を振る。そして私に背を向けて歩き出した。
後ろ姿が少しずつ遠くなっていく。
「——っ」
涙が止めどなく頬を伝って流れ落ちていく。鼻水か涙かわからないものがぐちゃぐちゃになって、私は嗚咽を漏らす。
どうか和花が振り向きませんように。こんな情けない姿を見せたくない。
和花。あのね、私も時間を止めたかった。
この街から和花がいなくなるなんて嫌だよ。
でも私にできることは、引き留めることじゃなくって見送ること。
だから、元気でね。辛いことがあっても、ひとりで抱え込まないでね。
彼女の未来がひだまりのような暖かな日々でありますように。
桜の花びらを握りしめて願った。
完